はじめに
2025年10月に実施される自民党総裁選において、不法移民問題への対応が重要な政策課題として浮上している。外国人労働者は昨年10月、230万人を突破し過去最高を更新した一方、地域社会との摩擦も一部で生じている中で、5名の候補者がどのような不法移民対策を掲げているかは、日本の外国人政策の方向性を決定する重要な要素となっている。
近年、外国人による運転免許の不正切り替え、不動産の不正取得、社会保障制度の不適切利用などの問題が社会的注目を集めており、2025年参議院選挙でも自民党は「違法外国人ゼロ」を公約に掲げ、不法滞在対策の強化を打ち出している。この政策方針を継承する次期総裁候補者の具体的な対応策を詳細に分析する。
政策的背景と現状認識
「違法外国人ゼロ」政策の出現
自民党は、今夏の参院選で「違法外国人ゼロ」に向けた取り組みを公約に入る方針を示し、「国民の安心と安全のため」との理由を掲げている。この政策は、石破茂首相の閣僚懇談会で、外国人政策の司令塔となる事務局を内閣官房に設置すると表明したことでも明らかなように、政府全体の重要政策として位置づけられている。
社会的課題の深刻化
現在、日本の在留外国人数は376万人を超え、単純計算では人口の33人に1人が外国人という状況となっている。この急激な増加に伴い、海外からの就労者や観光客の増加に伴い、外国人による迷惑行為や犯罪が問題化し、難民認定制度の悪用や外国資本による重要施設周辺の土地取得、不適切な社会保障制度の利用など国の制度にかかわるさまざまな課題も指摘されている。
特に、埼玉県川口市では、トルコの少数民族クルド人の一部と地元住民の摩擦があらわになっているなど、具体的な地域社会での問題が顕在化している。
各候補者の不法移民対策比較分析
茂木敏充氏:厳格な法執行重視のアプローチ
茂木敏充前幹事長は、「移民は受け入れるべきではない」と強調し、「違法外国人ゼロを目指し、ルールを守れない外国人に対して厳しい措置が必要だ」と明言している。
政策の特徴:
- ゼロトレランス方式の採用:「違法外国人ゼロを目指して法令順守の徹底や、ルールを守れない外国人に対しては厳しい措置が必要だと考えている」として、不法行為に対する厳格な対処を重視
- 現地調査に基づく政策形成:トルコの少数民族クルド人が集住し、トラブルが重なる埼玉県川口市を20日に視察するなど、現場の実情把握を重視
- 選別的受け入れ政策:「ルールをきちんと守ってくれる人は受け入れる寛容さは必要」として、法令遵守を前提とした受け入れ体制を志向
茂木氏のアプローチは、法の支配を厳格に適用し、不法行為に対する抑止効果を重視する「法執行優先型」の政策といえる。
小林鷹之氏:包括的制度改革による根本的解決
小林鷹之元経済安全保障担当相は、「移民には反対です」と明言し、「できるだけ外国人に頼らない仕組みをつくっていくことが重要だ」と強調している。
政策の方向性:
- 中長期ビジョンの重視:外国人政策に関する中・長期的なビジョンが必要だと説明し、場当たり的対応ではなく戦略的政策設計を重視
- 制度設計による予防的対策:「できるだけ外国人に頼らない仕組み」の構築により、根本的な解決を志向
- 二段階対応システム:「真面目に働く方を守っていくためにも、ルールを守らない方に対しては厳しく接する必要がある」として、適法な外国人の保護と不法行為者への厳格対処の両立を図る
小林氏の政策は、技術革新と制度改革による構造的解決を目指す「制度改革型」のアプローチといえる。
高市早苗氏:司令塔機能強化による統合的対応
高市早苗前経済安全保障担当相は、外国人問題に関する司令塔を創設する考えを示し、「必要な課題を洗い出し、解決するための法整備まで進める司令塔を作りたい」と表明している。
統合的政策アプローチ:
- 司令塔機能の創設:外国人政策の一元管理体制を構築し、省庁横断的な対応体制を確立
- 包括的課題解決:単発的な対策ではなく、法整備を含む包括的な制度改革を志向
- 徹底した取り締まり強化:「不法滞在は徹底取り締まり」として、現行法の厳格な執行を重視
高市氏の政策は、国家安全保障の観点から外国人政策を統合的に管理する「国家安全保障型」のアプローチといえる。
林芳正氏:段階的管理による安定的運用
林芳正官房長官は、外国人が母国の運転免許を日本の免許へ切り替えられる「外国免許切替(外免切替)」の厳格化など、自身が中心となって進めた実績を紹介している。
漸進的改革アプローチ:
- 実績に基づく政策展開:外免切替制度の厳格化など、既に実現した政策を基盤とした継続的改善
- 総量管理システム:「中長期的に緩やかに総量コントロールする、なだらかに必要なだけ入ってきてもらうことが大事だ」として、急激な変化を避けた安定的な管理体制を志向
- 現実的バランス:労働力需要と社会的安定のバランスを重視した政策設計
林氏の政策は、現実的な制約を考慮した「段階的管理型」のアプローチといえる。
小泉進次郎氏:制度適正化による秩序回復
小泉進次郎農林水産相は、「いわゆる移民政策は取りません。そして外国人にもしっかりルールを守ってもらうことが基本で、その上で外国人による医療保険や児童手当の不適切利用是正を訴えた」と述べている。
制度運用適正化アプローチ:
- 移民政策の明確な否定:「いわゆる移民政策は取りません」として、政策の性格を明確化
- 制度悪用防止の重視:医療保険や児童手当の不適切利用是正など、社会保障制度の適正運用を重視
- ルール遵守の徹底:外国人に対するルール遵守の徹底を政策の基本方針として位置づけ
小泉氏の政策は、現行制度の適正運用を重視する「制度運用適正化型」のアプローチといえる。
政策効果とリスク分析
法執行強化による効果と課題
期待される効果:
- 不法行為に対する抑止効果の向上
- 法の支配の徹底による社会秩序の安定
- 国民の不安感の軽減
懸念されるリスク:
- 在日クルド人らへのヘイトスピーチが社会問題になる中、「ヘイトを助長するのでは」との懸念が浮上している状況での、社会分断の拡大リスク
- 労働力不足への対応が困難になる可能性
- 国際的な人権基準との整合性確保の課題
制度改革による根本的解決の可能性
各候補者が提唱する制度改革アプローチは、一時的な対症療法ではなく、構造的な問題解決を目指している。しかし、人口減少が進む中、国内の労働供給を拡大させるためには、同制度の積極的な見直しを通じた外国人労働力の活用が必要という経済的現実との整合性確保が重要な課題となる。
国際的視点と人権配慮
国際基準との整合性
日本の外国人政策は、国際的な人権基準と国内の社会秩序維持のバランスを取る必要がある。「外国人を日本社会の秩序を壊す不安材料と捉え、それを防止するために管理・監視と排除を強化するという方針は、はたして共生政策といえるでしょうか」という専門家の指摘もあり、政策設計における人権配慮の重要性が問われている。
多文化共生社会への影響
各候補者の政策は、将来の多文化共生社会のビジョンにも大きな影響を与える。規制」と「共生」の間でバランスを模索しており、そのスタンスは多岐にわたる状況の中で、次期総裁の政策選択が日本社会の方向性を決定することになる。
財政的・行政的実現可能性
予算措置と組織体制
不法移民対策の実効性確保には、十分な予算措置と組織体制の整備が不可欠である。特に高市氏が提唱する司令塔機能の創設や、茂木氏が重視する厳格な法執行には、相当の行政資源の投入が必要となる。
地方自治体との連携
外国人政策の司令塔となる事務局を来週初めに内閣官房に設置する方針が示されているが、実際の政策実行は地方自治体レベルでの対応が重要となる。国と地方の連携体制構築が政策成功の鍵となる。
経済界・労働市場への影響
労働力不足問題との整合性
日本の生産年齢人口(15~64歳)は1995年の8726万人をピークに減少を続けている現実の中で、不法移民対策の強化が労働力不足解決にどのような影響を与えるかは重要な検討事項である。
各候補者の政策は、短期的な治安対策と中長期的な経済成長戦略のバランスをどう取るかという課題に直面している。
国民世論と政治的実現可能性
世論の動向
JNNが行った世論調査では、参院選で重視する政策として1位は「物価高対策」ですが「外国人規制」が5位にランクイン。「政治とカネ」や「外交・安全保障」よりも高い順位であり、国民の関心の高さがうかがえます。この世論の関心の高さは、各候補者の政策実現に追い風となる一方で、過度な規制強化への社会的圧力ともなりうる。
政治的合意形成の課題
自民党内でも、移民政策についてそれぞれ反対する考えを示した5候補者であるが、具体的な政策手法については微妙な違いがある。次期総裁は、党内合意を形成しながら実効性のある政策を推進する必要がある。
今後の政策展開への示唆
短期的課題への対応
- 外免切替制度の厳格化などの即効性のある対策の実施
- 不法滞在者の摘発・送還体制の強化
- 社会保障制度の不適切利用防止策の徹底
中長期的制度設計
- 外国人政策の司令塔機能の確立
- 包括的な移民・外国人政策の法的枠組み構築
- 国際的な人権基準と国内の社会秩序維持の両立
社会統合政策との連携
不法移民対策は、適法に滞在する外国人との社会統合政策とも密接に関連している。日本社会の一員として外国人を包摂し共生するという姿勢をどう実現するかも、次期総裁の重要な課題となる。
結論
自民党総裁選における5候補者の不法移民対策は、それぞれ異なるアプローチを示しているが、「違法外国人ゼロ」という目標については共通の認識を持っている。茂木氏の厳格な法執行重視、小林氏の制度改革による根本的解決、高市氏の司令塔機能強化、林氏の段階的管理、小泉氏の制度運用適正化は、いずれも現実的な政策選択肢として評価できる。
しかし、真に重要なのは、不法移民対策が単なる治安維持を超えて、日本社会の持続可能な発展と国際的な責任の両立を実現する政策体系として位置づけられることである。人口減少と労働力不足という構造的課題、国際的な人権基準の遵守、多文化共生社会の実現という多元的な目標を統合的に達成する政策設計が求められている。
次期総裁には、短期的な世論の動向に左右されることなく、日本の長期的な国益と国際的な信頼を両立する外国人政策の確立が期待される。不法移民問題への対応は、その試金石となるだろう。