プロローグ:戦後初の30代党首誕生
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2025年7月20日夜、参議院選挙で初当選を果たした安野たかひろ氏(34歳)は、興奮を隠せない様子でこう語った。新党「チームみらい」を率いて政党要件をクリアし、戦後日本で初めて30代で政党を立ち上げて国政政党にまで押し上げた歴史的快挙を成し遂げた瞬間だった。
AIエンジニア、起業家、SF作家という三つの顔を持つ異色の政治家。「テクノロジーで誰も取り残さない日本をつくる」というビジョンを掲げ、デジタル民主主義の実現を目指す34歳の挑戦者が、ついに国政の舞台に立った。
第1章:開成から東大松尾研へ―エリート街道の始まり
1990年、東京都文京区に生まれた安野たかひろ氏。名門開成中学校・高等学校を経て、2014年に東京大学工学部システム創成学科を卒業。在学中はAI研究の第一人者として知られる松尾豊教授の研究室(松尾研)に所属し、機械学習を学んだ。
松尾研は現在「AI戦略会議」で座長を務める松尾教授のもと、日本のAI研究の最前線を走る研究室として知られている。この松尾研での経験が、後の安野氏のキャリアの基盤となった。
第2章:コンサルから起業家へ―ビジネス界での実績
東大卒業後、外資系コンサルティング会社のボストン・コンサルティング・グループ(BCG)に入社。戦略コンサルタントとして企業の課題解決に取り組んだ。
2016年、BCGを退社し、AIスタートアップの世界に飛び込んだ。株式会社BEDOREの代表取締役に就任し、AIチャットボット事業を手がけた。さらに2018年には、リーガルテックのMNTSQ株式会社を共同創業。法律分野にテクノロジーを活用するという新しい領域に挑戦し、社会実装を見据えたビジネス感覚を持つエンジニアとしての地位を確立した。
第3章:SF作家とお笑いという意外な顔
安野氏のユニークな点の一つが、SF作家としての活動だ。2019年に「コンティニュアス・インテグレーション」で第6回日経星新一賞一般部門優秀賞を受賞し、2021年には『サーキット・スイッチャー』で第9回ハヤカワSFコンテストの優秀賞を受賞して作家デビュー。日本SF作家クラブの会員でもある。
さらに驚くべきことに、2015年にはソフトバンクのロボット「Pepper」と人間によるお笑いコンビ「ペッパーズ」にプログラム担当として参加。M-1グランプリでロボットとしては史上初となる1回戦突破を果たし、2016年も含めて2年連続で1回戦突破という快挙を成し遂げた。
2016年には2015年度未踏事業プロジェクト成果により「未踏スーパークリエータ」に認定された。担当プロジェクトマネージャーは、ロボット工学で世界的に知られる石黒浩教授だった。
第4章:2024年東京都知事選挙への挑戦
安野氏の政治への本格的な関わりは、2024年夏の東京都知事選挙から始まった。「TOKYO AI」をキャッチフレーズに、AIを活用した双方向型のコミュニケーション(ブロードリスニング)でつくり上げたマニフェストが大反響を呼んだ。
結果は落選だったものの、政党の支援を受けずに約15万票を獲得し、全体で5位という健闘を見せた。この選挙戦で安野氏と「チーム安野」は第19回マニフェスト大賞グランプリを受賞するという快挙も成し遂げた。
都知事選での経験は、安野氏に政治の可能性を実感させ、次のステップへの確信を得るきっかけとなった。
第5章:チームみらい結党―戦後初の30代党首
2025年5月、安野氏は新党「チームみらい」の立ち上げを表明した。「30代の人が政党をゼロから立ち上げられた例は、戦後の日本の歴史でまだ一度も起きていないこと」と安野氏自身が語る通り、歴史的な挑戦だった。
「地盤も看板も鞄もない、組織票もなければ政党の後ろ盾も全くない、大変厳しい戦いになる」ことを承知の上での決断だったが、「勝機はある」との確信もあった。
党名の「チームみらい」には、「みんなで未来をつくる」という思いが込められている。従来の政党とは異なり、テクノロジーを活用した新しい政治参加の形を目指している。
第6章:政策ビジョン―3つのステップで日本を変える
チームみらいが掲げる基本理念は「テクノロジーで誰も取り残さない日本をつくること」だ。安野氏は政策実現を3つのステップで考えている。
ステップ1:即効性のある施策 ITやAIを当たり前に活用した即効性のある施策を実行。教育、経済、行政などの分野で、意思決定を伴えばすぐに実行できる打ち手を重視している。
ステップ2:変化に対応できるしなやかな社会システム 予測困難な時代に必要なのは、変化に柔軟に対応できる社会システムの構築。固定的な制度ではなく、状況に応じて適応できる仕組みを目指している。
ステップ3:長期成長への大胆な投資 AI時代にふさわしい成長戦略として、科学技術投資、新産業育成、文化振興などに大胆に投資し、明るい未来を信じられる日本を目指している。
参院選の公約では「子育て減税」を提唱。子どもの数に応じて親の所得税率を下げるという分かりやすい政策で、子育て世代の経済的負担軽減を図る。
第7章:デジタル民主主義という新しい政治
安野氏が最も力を入れているのが「デジタル民主主義2030」プロジェクトだ。AIなどのデジタル技術を使って、政治や行政により多くの民意を反映させることを目指している。
具体的には、市民の声を集約するシステムを開発し、多様な意見を政治へ反映させる仕組みづくりを進めている。従来の政治が拾い切れなかった声を、テクノロジーの力で政策に活かそうという試みだ。
また、自ら開発した政治資金透明化ツール「Polimoney」により、チームみらいの会計をすべて公開。政治とカネの問題が度々話題になる中で、新しい政治の透明性を示している。
第8章:永田町ソフトウェアエンジニアチーム構想
当選後、安野氏が実現を目指しているのが「永田町ソフトウェアエンジニアチーム」の創設だ。政党交付金を活用して永田町にエンジニアチームをつくり、政治分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する計画だ。
これにより、子育てや社会福祉などの政策立案・実行プロセスにもテクノロジーを活用し、より効率的で効果的な政策実現を目指している。
第9章:人物像とユニークなエピソード
多方面での受賞歴
安野氏の多才ぶりは受賞歴からも伺える。ハヤカワSFコンテスト優秀賞、星新一賞優秀賞、アジアデジタルアートアワード・インタラクティブ部門大賞、マニフェスト大賞グランプリ、未踏スーパークリエータ認定など、技術・文学・政治の各分野で評価を受けている。
政府との関わり
政治家になる前から、内閣官房デジタル行財政改革戦略チーム構成員、東京都AI戦略会議委員、デジタル庁デジタル法制ワーキンググループ構成員など、政府の各種委員会で活動していた。
2024年11月からは、東京都政策連携団体の一般財団法人GovTech東京のアドバイザーに就任し、都の新たな長期戦略づくりに技術協力している。
新しい政治コミュニケーション
当選後は「議員Vlog」として初登院から3日間の様子を公開するなど、YouTubeでの活動報告を積極的に行っている。従来の政治家とは異なる情報発信で、政治のリアルな姿を見せることで有権者との距離を縮めようとしている。
第10章:今後の展望―100日プランと党勢拡大
当選後、安野氏は「国政政党になったら実現すると宣言した100日プラン」に挑戦している。具体的な政策実現の期限を明確にした画期的な取り組みだ。
チームみらいでは現在、候補者公募を実施。ITエンジニアや起業家を中心とした多様な人材を候補者として迎え入れ、全国での政治活動を展開しようとしている。
新しい政治参加の形として党員制度も導入し、3つのプランを用意して多様な関わり方で党の活動に参加できる仕組みを構築している。
エピローグ:テクノロジーで政治を変える挑戦者
開成高校から東京大学、BCGを経て起業家となり、SF作家としても活動し、ついには34歳で政党を立ち上げて国会議員となった安野たかひろ氏。その歩みは、現代日本の可能性を示すサクセスストーリーでもある。
「分断をあおらない」をスローガンに掲げ、建設的な議論と対話を重視する姿勢は、対立が激化しがちな政治の世界に新風を吹き込んでいる。AIエンジニアとしての専門性、起業家としてのビジネス感覚、SF作家としての想像力、そして政治家としての実行力。
これらすべてを兼ね備えた34歳の政治家が、「テクノロジーで誰も取り残さない日本」の実現に向けてどのような成果を上げるのか。デジタル民主主義という新しい政治のあり方が、日本の政治をどう変えていくのか。
「未来は明るいと信じられる国へ」というチームみらいのスローガン通り、安野たかひろ氏の挑戦は始まったばかりだ。戦後初の30代党首として、彼が描く日本の未来図から目が離せない。
※本記事は2025年9月時点の情報に基づいて作成されています。