はじめに
2025年9月30日、日本の政治界に大きな波紋が広がった。日本保守党の共同代表を務める河村たかし衆院議員が、党から共同代表解任の通告を受け、新党立ち上げに向けて動き出したのである。わずか2年前、作家の百田尚樹氏と手を取り合って設立した日本保守党。その蜜月関係はなぜ崩れ去ったのか。本稿では、河村氏が共同代表に就任した経緯、百田代表との対立の本質、そして今後の政局への影響について詳しく見ていきたい。
日本保守党共同代表就任の経緯
「減税」で意気投合した二人
2023年10月17日、東京都内で開かれた記者会見。作家の百田尚樹氏と、当時名古屋市長だった河村たかし氏が並んで座り、日本保守党の結成を発表した。百田氏が代表、河村氏が共同代表に就任し、河村氏が率いる地域政党「減税日本」とは「特別友党関係」を結ぶことも明らかにされた。
河村氏が保守党に参加した最大の理由は、「減税」という政策での一致だった。河村氏は名古屋市長時代から一貫して市民税の減税を主張し、議員報酬の削減など「税金の無駄遣い撲滅」を政治信条としてきた。一方、百田氏も消費税減税や国会議員の歳費引き下げを重点政策に掲げており、両者の政策的親和性は高いように見えた。
河村氏にとって保守党は「死に場所」とまで表現するほど、最後の政治活動の舞台として重要な意味を持っていた。2024年10月の衆院選で15年ぶりに国政復帰を果たした河村氏は、名古屋市長を辞職してまで国政に懸けたのである。
選挙での協力体制
日本保守党と減税日本の協力関係は、当初は良好に見えた。2024年10月の衆院選では、百田代表が名古屋入りして河村氏の応援演説を行うなど、まさに「蜜月関係」を示していた。河村氏は愛知1区から日本保守党公認、減税日本推薦で立候補し、当選を果たした。
選挙戦において、愛知県・名古屋市は日本保守党にとって重要な票田となった。河村氏自身も「保守党の得票率は、この愛知・名古屋がダントツ高い」と語っており、地域政党・減税日本の組織力が保守党の躍進に大きく貢献したことは疑いようがない。
対立の深化―何が二人の間に亀裂を生んだのか
党運営方針をめぐる根本的な対立
しかし、蜜月関係は長くは続かなかった。両者の対立の根本には、党運営の方向性に関する根本的な考え方の違いがあった。
河村氏は全国に支部を設け、組織を拡大して国政政党としての基盤を固めようとする路線を志向していた。これは河村氏が長年、地域政党「減税日本」を運営してきた経験に基づくものであり、草の根の組織づくりを重視する考え方だった。
一方、百田代表と有本香事務総長は、既存の支持層を重視し、YouTubeなどのメディアを活用した情報発信を中心とする運営方針を採っていた。百田氏は作家・評論家として培ったメディア力を武器に、トップダウン型の党運営を志向していたとされる。
この方向性の違いは、日常的な党運営の場面でもしばしば摩擦を生んだ。関係者によれば、記者会見などの場で河村氏が不規則発言を繰り返すことに百田氏が苛立ちを募らせることもあったという。
「ペットボトル事件」が象徴する関係悪化
2025年4月、両者の関係は決定的に悪化した。定例記者会見後、百田氏が河村氏にペットボトルを投げつけたとされる「ペットボトル事件」が発生したのである。
週刊文春の報道によれば、記者会見で不規則発言を繰り返す河村氏への怒りをためていた百田氏が、会見後に議員会館の部屋で「今にも殴りかからんばかりの勢い」で河村氏に食ってかかり、その際にペットボトルを投げつけたという。
河村氏はその後、動画で「百田代表からペットボトルを投げつけられた」「脅迫・強要もあった」と明言し、法的対応の可能性にも言及した。一方、有本氏は「いつものように丸めて済ますつもりはない」と発言し、党内の分裂状態を事実上認めた。
この事件は、両者の人間関係が修復不可能なレベルにまで悪化したことを象徴する出来事となった。
参院選候補者選定での決裂
2025年7月の参院選に向けた候補者選定でも、両者は対立した。愛知選挙区の候補者選定をめぐり、河村氏は元名古屋市長特別秘書の田中克和氏を擁立する方針を固め、保守党本部に党公認を申請した。
しかし、保守党本部はこの公認を認めず、減税日本の候補は保守党の公認を得られなかった。この一件は、河村氏と百田代表の間の信頼関係がすでに大きく損なわれていたことを示すものだった。
離党議員の増加と党内の混乱
百田・河村両代表の対立は、党内の他の議員にも大きな影響を与えた。2025年9月19日、竹上裕子衆院議員が突然離党届を提出。その理由として「百田尚樹代表と河村たかし共同代表のいざこざに耐えられなかった」と明言した。
竹上氏の離党は、配達証明で突然送られてきたもので、事前に両代表への挨拶もなかったという。これに対し百田代表は「人としての礼儀はどうなっているのか」と苦言を呈したが、党内の混乱は隠しようがなかった。
さらに、百田氏は河村氏が日本維新の会を離党した議員3人と接触しているとの疑惑も指摘。「竹上が加わったら5人になり、国政政党が可能」と述べ、河村氏が新党結成を画策していると示唆した。
共同代表解任通告と友党関係解消
9月19日の決定的会談
2025年9月19日、百田代表と有本事務総長は名古屋市内で河村氏と会談した。この場で両氏は河村氏に対し、共同代表解任を通告するとともに、減税日本との特別友党関係の解消も伝えたという。
河村氏はその場では回答を保留し、減税日本所属の名古屋市議や愛知県議らと対応を協議する時間を求めた。しかし、百田氏側にとって、この通告は「決定事項」として伝えられたものだった。
河村氏の反論と抗議文書
その後、河村氏は9月30日付で百田代表宛てに文書を送付した。この文書で河村氏は、共同代表解任について「承諾できない」と拒否。さらに、友党関係の解消については「明確な根拠が提示されることもなく一方的な通告は許しがたく、信頼関係は完全に崩壊した」と厳しく批判した。
河村氏は「保守党を解党もしくは分党すべきだ」とも主張し、百田氏側との対立姿勢を鮮明にした。
減税日本の決断
同じく9月30日、減税日本は議員総会を開き、日本保守党との特別友党関係の解消を決定した。減税日本は保守党に対し、「通告は一方的だ」として抗議文を送付。河村氏は共同代表を退くことを受け入れたが、保守党所属議員としての活動継続を求められたことについては「所属政党は私自身が判断する」と述べ、離党を強く示唆した。
新党構想と今後の動き
新党立ち上げの方針
関係者によれば、河村氏は現在、離党の準備を進めるとともに、新党設立を模索しているという。河村氏にとって、日本保守党での活動継続は事実上不可能となった。百田代表との関係修復は望めず、共同代表を解任された以上、党内での影響力行使も困難だからである。
新党構想について、複数のメディアが「日本維新の会の離党組との合流」の可能性を報じている。実際、百田代表自身が河村氏と維新離党議員との接触を疑っていることからも、この観測には一定の根拠があるとみられる。
国政政党化の可能性
公職選挙法では、国政政党として認められるには5人以上の国会議員が必要とされる。すでに竹上氏が保守党を離党しており、維新離党組の議員3人が加われば、河村氏を含めて5人となり、国政政党の要件を満たすことができる。
この場合、比例代表で当選した議員が新党に移籍できるという「法の抜け穴」を利用することになる。百田代表はこの点について「いったん新党に入ったら、今度また別のところに入れる。法の抜け穴だ」と批判しているが、制度上は可能である。
減税日本の組織力を背景に
河村氏の強みは、地域政党・減税日本の組織力である。名古屋市議や愛知県議など、地方議員の基盤を持つ減税日本は、選挙戦において強力な組織力を発揮する。実際、2024年衆院選でも、愛知・名古屋地域は日本保守党にとって最も得票率の高い地域だった。
新党を立ち上げた場合、河村氏はこの組織力を背景に、中部地方を中心に勢力を拡大する戦略を採ると考えられる。「減税」という明確な政策軸を持ち、草の根の組織づくりに長けた河村氏の手腕が、新党でどこまで通用するかが注目される。
保守勢力の分裂と政局への影響
保守票の分散
今回の分裂劇は、日本の保守勢力にとって大きな痛手となる可能性がある。日本保守党、河村新党、日本維新の会、参政党など、保守系政党が乱立することで、保守票が分散してしまうリスクがあるからだ。
特に、日本保守党は2025年6月の東京都議会議員選挙で議席ゼロに終わるなど、すでに支持層の冷却が始まっている。ペットボトル事件以降の党内混乱がメディアで大きく報じられ、有権者の信頼をつなぎとめることができなかった。
河村氏の離党と新党結成は、この傾向をさらに加速させる可能性がある。日本保守党にとって、河村氏と減税日本の組織力を失うことは大きな打撃であり、特に中部地方での集票力低下は避けられないだろう。
他党の反応と連携模索
河村氏の新党構想に対し、既存政党がどう反応するかも注目される。日本維新の会は、河村氏が率いる減税日本と2023年春の統一地方選で共闘を解消した経緯があり、関係は必ずしも良好ではない。しかし、維新離党組が河村新党に合流する可能性があることから、何らかの形での連携が模索される可能性もある。
また、参政党など他の保守系政党との関係も興味深い。日本保守党自体、参政党との分裂騒動を経て設立された経緯があり、保守陣営内での離合集散の歴史は繰り返されている。
自民党への影響
自民党にとっても、保守系野党の動向は無視できない。特に、消費税減税や議員特権廃止といった「ポピュリスト的」政策を掲げる勢力の台頭は、自民党の支持基盤を侵食する可能性がある。
ただし、保守票が分散し、単独では脅威とならない小政党が乱立する状況は、自民党にとっては必ずしも悪いことではない。むしろ、野党が分断されることで、自民党の相対的地位が強化される面もあるだろう。
今後の見通し
新党の成否を左右する要因
河村新党が成功するかどうかは、いくつかの要因に左右される。
第一に、明確な政策軸の提示である。「減税」という旗印は分かりやすいが、それだけで有権者の支持を継続的に獲得できるかは疑問だ。財源をどう確保するのか、他の政策分野での立ち位置はどうなのか、具体的なビジョンを示す必要がある。
第二に、組織力の強化である。減税日本の地方組織は強固だが、全国規模での組織づくりには時間と労力がかかる。国政政党として認められても、全国で候補者を擁立し、選挙戦を戦える体制を整えるのは容易ではない。
第三に、河村氏自身のイメージである。河村氏は名古屋では高い知名度と支持を得ているが、全国的には「名古屋のローカル政治家」という印象も強い。独特の名古屋弁を使った語り口も、全国の有権者にどう受け止められるか未知数だ。
百田氏率いる日本保守党の今後
一方、河村氏を失った日本保守党も、厳しい局面を迎えている。東京都議選での敗北、党内の混乱、支持者からの批判など、逆風が吹き荒れている。
百田代表は2025年夏の参院選で比例代表から出馬する意向を示しており、「党の存続を賭けた戦い」と位置づけている。しかし、党内の結束を取り戻し、有権者の信頼を回復するのは容易ではない。
有本事務総長のSNSでの発言も、しばしば物議を醸している。元大王製紙会長の井川意高氏は、有本氏の振る舞いを批判し、事実上の「絶縁宣言」を行った。保守論壇内でも、『WiLL』や『月刊Hanada』が日本保守党を批判するなど、孤立の度を深めている。
保守政治の未来
今回の分裂劇は、日本の保守政治が抱える構造的問題を浮き彫りにした。保守陣営は、政策面では共通点が多いにもかかわらず、人間関係や運営方針の違いから分裂を繰り返してきた。参政党の内紛、そして今回の日本保守党の分裂と、同じパターンが繰り返されているのである。
この背景には、強力なリーダーシップを持つ人物が集まったとき、かえって衝突が生じやすいという問題がある。百田氏も河村氏も、それぞれの分野で強烈な個性と実績を持つ人物だ。しかし、そうした人物同士が協力して組織を運営するのは極めて難しい。
保守勢力が真に政権を脅かす存在になるためには、個人の魅力に依存した政党運営を超えて、制度化された組織づくりが必要だろう。しかし、現状ではその段階には程遠いと言わざるを得ない。
おわりに
河村たかし氏の日本保守党からの離党と新党構想は、日本の政治地図に新たな変化をもたらす可能性がある。わずか2年前に「減税」という共通目標で結ばれた百田・河村コンビの分裂は、保守政治の脆弱性を示すものでもある。
河村氏が新党を立ち上げ、どこまで勢力を拡大できるのか。日本保守党は党勢を立て直せるのか。そして、保守票の分散は日本の政局にどのような影響を与えるのか。来たる参院選は、これらの問いへの答えを示す重要な試金石となるだろう。
政治の世界では「昨日の友は今日の敵」という言葉がある。百田氏と河村氏の関係は、まさにこの言葉を地で行くものとなった。蜜月から対立、そして決裂へ。この一連の流れは、日本の保守政治が抱える課題と可能性を同時に示している。
今後の展開から、目が離せない。