外国人問題連載③:教育に関する問題

制度

はじめに

前回は社会統合・多文化共生の問題について取り上げましたが、共生社会の実現において最も重要な基盤の一つが教育です。子どもたちが適切な教育を受けられるかどうかは、その後の人生を大きく左右し、社会全体の持続可能性にも直結します。

しかし、日本における外国ルーツの子どもたちの教育環境は深刻な課題を抱えています。2024年5月時点で確認された不就学の外国籍児童は1,097人、就学状況が把握できない子どもを含めると8,432人にのぼります。さらに、学校に通っていても日本語指導が必要な児童生徒は約6万9千人に達し、その支援体制は極めて不十分です。

本記事では、外国ルーツの子どもたちが直面する教育問題の実態をデータとともに検証し、諸外国の取り組みと比較しながら、解決への道筋を提案します。

データ・統計から見る現状

急増する外国籍児童と不就学問題

学齢相当の外国籍児童の増加

住民基本台帳に登録されている学齢相当(小中学校相当の年齢)の外国籍児童は、2024年5月時点で16万3,358人となり、前回調査より1万2,663人(8.4%)増加して過去最多を更新しました。このうち義務教育学校に通う子どもは13万8,416人、外国人学校に通う子どもは1万1,615人で、いずれも過去最多となっています。

深刻な不就学問題

その一方で、どこの学校にも通っていない「不就学」の子どもは1,097人で、前回調査から127人増加し、初めて1,000人を超えました。さらに深刻なのは、連絡が取れず「就学状況が確認できない」子どもが7,322人、その他の理由で把握できていない子どもが13人おり、不就学の可能性がある子どもの合計は8,432人にのぼることです。

都道府県別では、不就学者数は埼玉県160人、静岡県141人、愛知県115人と、外国人集住地域で多くなっています。一方、就学状況が確認できない子どもは東京都3,339人、大阪府999人、神奈川県952人と、大都市圏に集中しています。

自治体の取り組み不足

不就学や就学不明への取り組みとして、個別訪問や電話連絡、就学案内送付などを「特に実施していない」と答えた自治体は845自治体(48.5%)を占めました。就学案内を外国人の子どもがいる家庭に送付していない自治体も21.0%(365団体)存在します。

日本語指導が必要な児童生徒の急増

69,123人が日本語指導を必要としている

文部科学省の調査によると、2023年5月時点で全国の公立学校に在籍する日本語指導が必要な児童生徒は69,123人に達しました。内訳は外国籍57,718人、日本国籍11,405人で、2010年の34,007人から約2倍に増加しています。

この数字は、学校に在籍している子どもだけの数字であり、前述の不就学児童や就学状況不明の子どもを含めれば、実際にはさらに多くの子どもが支援を必要としていると考えられます。

散在化による支援の困難

日本語指導が必要な児童生徒の分布を見ると、1校あたりの在籍人数が「1人」の学校が全体の45.7%を占め、「2~5人」が35.8%となっています。つまり、8割以上の学校では5人以下しか在籍しておらず、「散在化」が進んでいます。

この散在化は支援体制の構築を極めて困難にします。専門の日本語指導教員を配置することが難しく、ノウハウの蓄積も進みません。実際、「日本語指導の教員がいない」「個別に対応するための人材が不足している」といった課題が多くの自治体から報告されています。

支援体制の深刻な不足

教員配置の基準と現実のギャップ

2017年度から義務標準法に基づき、日本語指導に必要な教員が基礎定数化されました(児童生徒18人に1人)。しかし、実際には十分な教員が配置されておらず、多くの学校で対応に苦慮しています。

全国的な教員不足も問題を深刻化させています。日本の教員の長時間労働は深刻で、週50時間以上働く教員が小学校で30.3%、中学校で40.5%に達しています。このような状況下で、特別な配慮が必要な外国ルーツの児童生徒への対応は後回しにされがちです。

日本語指導補助者の不足

教員不足を補うため、全国で7,837名の日本語指導補助者が配置されていますが、そのうち2,697名がボランティアです。専門性や継続性の観点から課題があり、個別の指導計画を一から策定する負担も大きくなっています。

高校進学と中退の問題

文部科学省の調査では、日本語指導が必要な中学生の高校進学率や高校生の中退率について、日本人生徒との比較データが示されていますが、その格差は深刻です。

報道によると、外国ルーツの子どもの高校進学率は極端に低く、高校に進学しても中退率が高いという実態があります。日本語で日常会話ができても、学年相当の学習言語が不足しているため、教科の内容を理解できず、学習についていけなくなるケースが多いのです。

高校では教科・科目が多様かつ内容が高度となることもあり、教員にとっても教科等の学習につなげるための日本語指導等の手法は手探りの状態です。義務教育段階を中心に取り組まれてきた体系的な日本語指導のノウハウは、高校段階では蓄積されていません。

諸外国の状況と比較

カナダ:バイリンガル教育と母語支援

カナダでは多文化主義政策の一環として、移民の子どもへの包括的な教育支援が行われています。

ESL/FSLプログラム 英語を第二言語とする子ども(ESL)やフランス語を第二言語とする子ども(FSL)に対して、専門の教員による体系的な言語指導が提供されます。通常の授業と並行して、言語習得段階に応じたカリキュラムが組まれ、段階的に主流の教室に統合されていきます。

母語教育の重視 カナダの特徴は、移民の母語や母文化の維持・継承を支援する多言語・多文化教育を行っている点です。研究により、母語が確立している子どもほど第二言語の習得も早いことが明らかになっており、母語教育は決して第二言語習得の妨げにはならないとされています。

教員研修と教材開発 教員研修や教材開発にも多文化的視点が組み込まれており、すべての教員が多様な背景を持つ子どもたちへの対応方法を学びます。

オーストラリア:段階的統合とサポート体制

オーストラリアでは、移民の子どもに対する手厚い支援が制度化されています。

集中英語センター(IEC) 英語力が不十分な新規移民の子どもは、まず集中英語センターで6ヶ月~1年間の集中的な英語教育を受けます。その後、段階的に通常の学校へ統合されていきます。

ESL教員の専門性 ESL(English as a Second Language)教員は専門資格を持ち、言語習得理論に基づいた指導を行います。通常学級の教員とのチームティーチングも行われ、教科内容と言語指導を統合した授業が展開されます。

継続的な支援 通常学級に統合された後も、必要に応じてESL支援が継続されます。単に言語を教えるだけでなく、文化的なアイデンティティの形成や心理的なサポートも重視されています。

日本との決定的な違い

就学義務の有無 カナダやオーストラリアでは、外国人の子どもにも就学義務があり、就学状況の把握と就学促進が徹底されています。日本では外国人の子どもに就学義務がないため、不就学問題が放置されがちです。

専門教員の配置と養成 諸外国では第二言語教育の専門資格を持つ教員が配置されていますが、日本では日本語教育の専門性を持つ教員が極めて少なく、一般の教員が手探りで対応している状況です。

母語教育の位置づけ カナダやオーストラリアでは母語教育を重視していますが、日本では日本語習得のみに焦点が当てられ、母語や母文化の維持は軽視されています。これにより、子どもたちはアイデンティティの混乱を抱えやすくなっています。

体系的なカリキュラムの有無 諸外国では言語習得段階に応じた体系的なカリキュラムが整備されていますが、日本では個々の学校や教員の裁量に委ねられており、支援の質にばらつきがあります。

今後予想される懸念

教育格差の固定化と貧困の連鎖

不就学や学習困難により、外国ルーツの子どもたちは十分な学力を身につけられないまま社会に出ることになります。その結果、低賃金の不安定な仕事に就かざるを得ず、貧困が次世代に引き継がれる懸念があります。

高校進学率が極端に低く、高校に進学しても中退率が高いという現状は、すでにこの傾向が始まっていることを示しています。日本社会でも親の母国でも十分な教育を受けられず、どちらの社会でもキャリアの選択肢が限られる「ダブルリミテッド」状態に陥る子どもたちが増える恐れがあります。

アイデンティティの危機とメンタルヘルス

日本語も母語も中途半端な状態で育つと、言語的なアイデンティティの確立が困難になります。どちらの文化にも完全に属せないという疎外感は、自己肯定感の低下やメンタルヘルスの問題につながります。

学校で言語の壁により孤立し、いじめの対象になるケースもあります。親とのコミュニケーションも十分に取れず、家庭でも学校でも居場所を見出せない子どもたちが増えていく懸念があります。

社会的コストの増大

教育への投資を怠ることは、長期的には大きな社会的コストをもたらします。十分な教育を受けられなかった子どもたちが、将来的に生活保護や医療・福祉サービスに依存する可能性が高まります。また、社会への不満が犯罪や反社会的行動につながるリスクも指摘されています。

現在の不就学児童や支援不足の状態を放置すれば、10年後、20年後に大きな社会問題として顕在化することは避けられません。

解決への提案

短期的施策:緊急対応と支援拡充

就学状況の完全把握 全自治体で外国籍児童の就学状況を把握するシステムを構築すべきです。住民基本台帳と学齢簿を連動させ、就学案内を多言語で確実に届ける仕組みが必要です。現在48.5%の自治体が「特に取り組みをしていない」状況は早急に改善されるべきです。

個別訪問や電話連絡による丁寧なアプローチを通じて、不就学の理由を把握し、適切な支援につなげることが重要です。言語の問題だけでなく、経済的困窮や文化的な誤解が不就学の背景にある場合も多いため、福祉部門やNPOとの連携が不可欠です。

日本語指導教員の緊急増員 児童生徒18人に1人という基礎定数を確実に満たすよう、日本語指導教員を増員すべきです。特に散在地域では、巡回指導や拠点校方式を活用し、少人数でも専門的な支援が受けられる体制を整備する必要があります。

オンラインを活用した遠隔指導も有効です。拠点校の専門教員が複数の学校の児童生徒にオンラインで日本語指導を行うことで、散在地域でも質の高い支援を提供できます。

ICT活用の推進 タブレット端末や翻訳アプリを活用し、言語の壁を低減すべきです。文部科学省が提供する「かすたねっと」(教材等の情報検索サイト)のような既存リソースを、すべての学校で活用できるよう周知と研修を徹底する必要があります。

中期的施策:専門性の向上と体制整備

日本語教育の専門性を持つ教員の養成 教員養成課程に日本語教育や多文化教育の科目を必修化し、すべての教員が基礎的な対応力を身につけるべきです。さらに、第二言語習得理論や異文化理解に関する専門的な研修を受けた「日本語教育コーディネーター」を各教育委員会に配置し、学校を支援する体制を構築すべきです。

文部科学省が開発した「外国人児童生徒等教育を担う教員等の養成・研修モデルプログラム」を全国的に展開し、現職教員の専門性向上を図る必要があります。

JSLカリキュラムの体系化と普及 現在、個々の学校で一から指導計画を策定している状況を改善し、JSL(Japanese as a Second Language)カリキュラムを軸にしたモデル計画を整備すべきです。言語習得段階に応じた段階的な指導内容を標準化し、どの学校でも一定水準の支援が提供できるようにすることが重要です。

高校段階では、義務教育段階のノウハウが蓄積されていないため、高校における日本語指導のカリキュラムづくりと指導資料の開発を急ぐ必要があります。

母語・母文化教育の導入 母語が確立している子どもほど第二言語の習得も早いという研究成果を踏まえ、母語教育の機会を提供すべきです。週末や放課後の母語教室を支援し、バイリンガル・バイカルチュラルな子どもの育成を目指すべきです。

母語支援員の配置を拡充し、学校と家庭をつなぐ役割を担ってもらうことも重要です。現在、母語支援員は不足しており、配置の拡大が求められています。

長期的施策:制度の抜本的改革

外国人の子どもへの就学義務化の検討 国際人権規約を踏まえ、外国人の子どもにも就学義務を課すことを検討すべきです。義務化により、不就学問題の解決が進み、すべての子どもに教育機会が保障されます。

ただし、義務化だけでは不十分で、実際に就学できる環境整備が伴わなければなりません。言語支援、経済支援、文化的配慮など、包括的な受け入れ体制の構築が前提となります。

多文化教育の全面的推進 外国ルーツの子どもだけでなく、すべての子どもに対する多文化教育を推進すべきです。異なる文化背景を持つ人々への理解と尊重を育むことで、外国ルーツの子どもが孤立しない学級・学校づくりが可能になります。

カリキュラムに多文化共生の視点を組み込み、世界の多様な文化や歴史を学ぶ機会を増やすべきです。外国ルーツの子どもたちが自らの文化を誇りに思い、日本人の子どもたちがそれを尊重する環境を作ることが重要です。

進路指導とキャリア教育の充実 外国ルーツの子どもたちが日本社会で活躍できるよう、進路ガイダンスやキャリア教育を充実させるべきです。ロールモデルとなる先輩の話を聞く機会を設けたり、進学に必要な情報を多言語で提供したりすることで、進学意欲を高めることができます。

高校入学者選抜において、外国人生徒への特別な配慮(試験時間の延長、辞書の持ち込み許可、ルビ付き問題用紙など)を制度化し、公平な機会を保障すべきです。

教育機会確保法の実効化 「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」では、外国にルーツを持つ子どもを含め、年齢や国籍にかかわらず教育機会を確保することが定められています。この理念を実効化するため、夜間中学の拡充や、学び直しの機会提供を進めるべきです。

まとめ

外国ルーツの子どもたちの教育問題は、単なる言語教育の問題ではなく、日本の教育システム全体の在り方を問うものです。1,097人の不就学児童、8,432人の就学不明児童、そして69,123人の日本語指導が必要な児童生徒という数字は、日本社会が外国ルーツの子どもたちを十分に包摂できていない現実を突きつけています。

カナダやオーストラリアの事例が示すように、体系的な言語教育、母語・母文化の尊重、専門教員の配置、継続的な支援といった包括的なアプローチが必要です。これらは決して不可能なことではなく、明確なビジョンと十分なリソースがあれば実現可能です。

教育への投資は未来への投資です。今、適切な教育を受けられなかった子どもたちが、10年後、20年後にどのような状況に置かれるかを想像すれば、行動の緊急性は明らかです。不就学問題の解決、日本語指導体制の拡充、母語教育の導入、多文化教育の推進など、できることから着実に進めていく必要があります。

外国ルーツの子どもたちは、日本社会の未来を担う一員です。彼らが自らの可能性を最大限に発揮できる教育環境を整えることは、多様性を力に変え、持続可能な社会を築くための必須条件なのです。

次回は「法制度・在留資格の問題」について詳しく見ていきます。


参考資料

  • 文部科学省「外国人の子供の就学状況等調査結果」(令和5年度)
  • 文部科学省「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」(令和5年度)
  • 第一生命経済研究所「公立学校に増える日本語で学べない子どもたち」(2024年)
タイトルとURLをコピーしました