外国人問題連載②:社会統合・多文化共生の問題

制度

はじめに

前回は外国人労働者の雇用問題について取り上げましたが、働く場所を確保するだけでは真の意味での社会統合は実現できません。日本に暮らす外国人は2024年末時点で約377万人に達し、総人口の3%を超えました。しかし、言語の壁、文化や宗教への無理解、地域コミュニティからの孤立など、日常生活における課題が山積しています。

本記事では、社会統合・多文化共生をめぐる問題の実態をデータとともに検証し、カナダやオーストラリアの先進事例と比較しながら、日本が目指すべき共生社会の姿を提案します。

データ・統計から見る現状

在留外国人の急増と多様化

2024年末時点で日本の在留外国人数は約377万人となり、前年比10.5%増と過去最高を更新しました。国籍も多様化しており、ベトナム、中国、フィリピンに加え、近年はネパール、インドネシア、ミャンマーなど英語圏以外の国籍が急増しています。

特に「家族滞在」の在留資格が増加しており、10歳未満の割合も増加し、外国人が日本で出生するケースも増えています。これは、外国人が一時的な労働者から定住者へと変化していることを意味し、教育、医療、福祉といったライフステージ全般にわたる支援が必要になっていることを示しています。

言語の壁による深刻な影響

医療アクセスの困難

出入国在留管理庁の調査によると、外国人が日本の病院で最も困ることは「病院で症状を正確に伝えられなかった」「病院の受付でうまく話せなかった」と、言葉が通じないことが一番多く挙げられています。医療現場では生命に関わる正確なコミュニケーションが求められるにもかかわらず、対応体制は十分ではありません。

厚生労働省は外国人患者受入れ体制の整備に取り組んでいますが、在日外国人の国籍は多様であり、英語以外の言語での対応が必要な外国人が保健医療機関を受診する機会が増加していますが、言語や地域の多様なニーズに十分に対応できていません。

行政サービスへのアクセス制約

自治体のホームページや行政文書の多言語化は進められていますが、実際の窓口対応では依然として日本語のみという場合が多く、手続きに支障をきたすケースが頻発しています。災害時の情報伝達も大きな課題で、緊急時に命を守る情報が届かないリスクが指摘されています。

地域コミュニティからの孤立

文化の違いや言語の壁から、行政サービスにつながることが難しく、コミュニティからも孤立しがちで、日本社会との接点を持たない外国ルーツの方も多くいます。

自治体調査によると、外国人住民の課題として災害時を含む情報の取得やアクセスの課題が上位に挙がる一方、外国人住民の自立や社会参画にかかわる取り組みの進捗状況は否定的に評価されています。地域の自治会や町内会への参加も進んでおらず、日本人住民との接点が限られているのが現状です。

諸外国の状況と比較

カナダ:多文化主義を憲法に明記

カナダは1971年に世界で初めて多文化主義を国家政策として採用し、1988年には「カナダ多文化主義法」を制定しました。1982年制定のカナダ自主憲法「カナダにおける権利と自由の憲章」第27節に多文化主義の政策方針が追加されており、法的・制度的な裏付けが明確です。

具体的な施策

学校では移民のための英語教育と並行して、移民の母語や母文化の維持・継承を支援する多言語・多文化教育が行われ、異文化理解や多様性の尊重を子どもたちに育んできました。また、多言語放送局を開設し、移民コミュニティに多様な言語で情報を発信することで、社会参加を後押ししてきました。

現在のカナダ総人口約3500万人のうち、自認による民族的ルーツは250以上あり、約22%が外国出身者、約800万人が公用語以外の母語を持ち、約20%が家庭で2つ以上の言語を話します。この多様性を統合するために、教育、メディア、地域活動全体で多文化主義を支えてきました。

課題と限界

もちろんカナダも完璧ではありません。先住民族に対する植民地主義は「歴史」ではなく現在進行形の構造的暴力であり、19世紀から20世紀にかけて約15万人の先住民の子どもたちが親元から引き離され、強制同化政策としての寄宿学校に送られ、虐待や劣悪な環境で多くが死亡しました。この歴史的な過ちへの対応は今も続いています。

オーストラリア:1970年代からの多文化主義政策

オーストラリアは白豪主義と呼ばれるアジア系移民を制限する政策から転換し、1973年に公式に白豪主義を撤廃、1975年には人種差別禁止法を制定し、多文化主義が国家方針として宣言されました。

包括的な支援体制

移民に対する無料英語レッスンや職業訓練、無料通訳といった移住後の公共サポートが手厚く提供されています。さらに、スーパーマーケットではイスラム教の戒律に沿った食生活(ハラル)にも配慮がされており、多様な宗教的背景を持つ人々が日常生活を送りやすい環境が整備されています。

連邦政府だけでなく、州政府も2000年代以降多文化主義法を制定し、連邦・州・地方自治体の各レベルで具体的な推進体制を整えてきました。また、移民の受け入れ規模や分野を労働市場データ等に基づき毎年計画し、国民の理解と合意を得る努力を重ねてきました。

日本との決定的な違い

理念の明文化と法的裏付け カナダやオーストラリアは多文化主義を憲法や法律に明記し、国家としての明確なビジョンを示しています。一方、日本には多文化共生に関する基本法がなく、自治体レベルでの取り組みに委ねられているのが現状です。

母語・母文化の尊重 諸外国では移民の母語教育を支援し、アイデンティティの維持を重視しています。日本では外国ルーツの子どもに対して日本語教育に重点が置かれ、母語教育の視点が欠けています。

社会全体での啓発 カナダやオーストラリアは学校教育、メディア、地域活動を通じて多文化主義の理念を広く普及させてきました。日本ではこうした包括的な取り組みが不足しています。

今後予想される懸念

ライフステージ全般にわたる課題の顕在化

帯同する家族を含めた外国人が、就学や就職、子の出産、年金・福祉・介護といったライフステージに直面するケースが増加していきます。しかし、これらの制度を外国人が正しく理解し活用するための支援体制は整っていません。

教育の課題 外国ルーツの子どもの不就学問題、日本語教育の不足、進学率の低さなど、次世代の統合に関わる深刻な問題が拡大する恐れがあります。

高齢化する外国人住民 長期滞在する外国人が増えれば、やがて介護や医療ニーズが高まります。言語や文化に配慮した福祉サービスの提供体制は未整備です。

地域社会の分断リスク

一部の外国人による迷惑行為や犯罪、住民トラブルが指摘されるなど、国民の不安が高まっています。こうした個別の事例が偏見を助長し、外国人全体への差別や排斥につながるリスクがあります。

相互理解を深める機会がないまま外国人住民が増加すれば、地域社会が「共生」ではなく「分断」に向かう可能性があります。

支援体制の限界

自治体調査では、外国人住民の日本語力や学習ニーズの把握ができていないことが最も多く、日本語学習支援の人材や機関などの地域におけるリソース制約も主な課題として挙げられています。自治体任せの体制では、地域間格差が拡大し、必要な支援が届かない外国人が増える懸念があります。

解決への提案

短期的施策:緊急性の高い基盤整備

多言語対応の拡充 行政窓口、医療機関、教育機関における多言語対応を義務化し、専門的な通訳・翻訳サービスへのアクセスを保障すべきです。厚生労働省が提供する希少言語対応の遠隔通訳サービスなど既存の仕組みを拡充し、より多くの機関が利用できるようにする必要があります。

「やさしい日本語」の普及 すべての言語に対応することは現実的でないため、簡潔でわかりやすい「やさしい日本語」の活用を推進すべきです。行政職員、医療従事者、教育関係者への研修を義務化し、標準化を図ることが重要です。

ワンストップ相談窓口の拡充 生活、就労、教育、医療など多岐にわたる相談に多言語で対応できるワンストップ窓口を全国の自治体に設置すべきです。現在一部の自治体にとどまっている取り組みを全国展開する必要があります。

中期的施策:相互理解の促進

多文化共生教育の推進 学校教育において、外国ルーツの子どもへの日本語教育だけでなく、すべての子どもに対する多文化共生教育を実施すべきです。異なる文化背景を持つ人々への理解と尊重を育む教育プログラムを標準化することが必要です。

母語・母文化教育の支援 外国ルーツの子どもが自らのアイデンティティを維持しながら成長できるよう、母語教育の機会を提供すべきです。カナダやオーストラリアの事例に学び、バイリンガル教育を推進することで、言語能力と自己肯定感の両方を高めることができます。

地域交流の場づくり 自治会や町内会など既存の地域組織に外国人住民の参加を促すとともに、多文化交流イベントや対話の場を定期的に開催し、日本人住民と外国人住民が顔の見える関係を築く機会を増やすべきです。

メディアの役割強化 多言語放送の充実や、外国人コミュニティに向けた情報発信を強化すべきです。また、日本人向けには外国人住民の生活や貢献を紹介し、理解を深める番組やコンテンツを増やすことが重要です。

長期的施策:理念の確立と制度化

多文化共生基本法の制定 カナダやオーストラリアのように、多文化共生の理念を法律に明記し、国と自治体の責務を明確化すべきです。法的根拠を持つことで、予算措置や施策の継続性が担保されます。

定期的な政策見直しの仕組み 外国人政策や多文化共生施策を定期的に評価・見直す仕組みを制度化すべきです。社会状況の変化に応じて柔軟に対応できる体制が必要です。

外国人の社会参画の促進 外国人住民自身が政策形成プロセスに参加できる仕組みを構築すべきです。自治体の多文化共生推進協議会などに外国人住民を委員として積極的に登用し、当事者の声を反映させることが重要です。

多様性を力に変える発想の転換 外国人住民を「支援の対象」としてのみ捉えるのではなく、地域社会に新たな視点や活力をもたらす「共生のパートナー」として位置づけるべきです。多様性が経済活性化や地域課題の解決につながる事例を積極的に発信し、社会全体の意識改革を進める必要があります。

まとめ

社会統合・多文化共生の問題は、単なる外国人支援の問題ではなく、日本社会全体の在り方を問うものです。言語の壁、文化的な無理解、地域からの孤立といった課題は、外国人住民だけでなく、日本社会の閉鎖性や硬直性を映し出しています。

カナダやオーストラリアの経験は、多文化主義が一朝一夕には実現できず、長期的な取り組みと継続的な努力が必要であることを示しています。同時に、明確なビジョンを持ち、教育、メディア、地域活動を通じて社会全体で理念を共有することで、多様性を社会の強みに変えられることも教えています。

日本は今、歴史的な転換点に立っています。約377万人の外国人住民は、もはや一時的な存在ではなく、この社会を共に生きる仲間です。彼らが孤立せず、その能力を発揮し、地域社会に貢献できる環境を整えることは、人口減少が進む日本の持続可能性にとって不可欠です。

短期的な対症療法にとどまらず、多文化共生の理念を法制化し、教育やメディアを通じて社会全体に浸透させ、外国人住民を社会の構成員として包摂していく。そうした本質的な改革に今こそ取り組むべき時です。

次回は「教育に関する問題」について詳しく見ていきます。


参考資料

  • 出入国在留管理庁「令和6年末現在における在留外国人数について」
  • 厚生労働省「外国人雇用状況の届出状況」
  • 総務省「地域における多文化共生推進プラン」
  • 日本国際交流センター「全国自治体調査」
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