はじめに ─ なぜ今「副首都」なのか
2025年10月、日本維新の会が推進する「副首都構想」が再び政治の焦点となっている。維新は9月30日に副首都法案の骨子案を発表し、この構想で大阪を東京と並ぶ経済中心と位置づけ、災害時には首都中枢機能を代替できるようにするとしている。
この構想が注目される背景には、東京一極集中のリスクがある。国の中央防災会議では「M7クラスの地震が30年以内に東京を襲う確率は70%」という数字が発表され、日本の皇室、行政、政治、防衛、経済の中枢機能がすべて3キロ圏内に集中している現状は、大規模災害時に日本のあらゆる活動が一瞬にしてストップする危険性を孕んでいる。
副首都構想の概要 ─ 何を目指すのか
基本的な定義と目的
維新は副首都について「東京圏と並び経済の中心として牽引できるような都市」「災害などの発生によって首都の中枢機能を代替できるような都市」と定義している。これは単なる災害対策にとどまらず、日本の成長戦略の一環としても位置づけられている。
具体的な要件
副首都となるための条件として、維新は以下を挙げている:
- 都市機能の集積度が高い ─ 大都市としてのインフラが整備されていること
- 東京圏との同時被災リスクが低い ─ 災害時の代替機能を果たせること
- 法律による特別区の設置 ─ 二重行政の解消が図られていること
特に3つ目の「特別区の設置」は、事実上「大阪都構想」の実現を指しており、この条件は大阪都構想と密接に関連している。
法的な仕組み
副首都は道府県の申し出に基づき首相が指定する仕組みで、対象区域は「都」を称することができる。これにより、東京都に次ぐ第二の「都」が誕生する可能性がある。
実現に向けての現状 ─ 政治的駆け引きと課題
政治的な動き
2025年の政治情勢において、副首都構想は維新の重要な交渉カードとなっている。自民党が日本維新の会から協力を引き出す交渉材料として副首都構想が浮上し、維新は本拠地・大阪への誘致を目指している。
公明党が連立政権から離脱したことで、自民党は国民民主党、維新、公明の少なくとも2党の協力を得なければ衆院で過半数を満たせなくなったため、維新の存在感が増している状況だ。
大阪都構想との関係
副首都構想の実現には、大阪都構想が前提となっている。吉村洋文大阪府知事は「大阪府・市がバラバラでは副首都を担えない」と言及し、都構想で二重行政を根本的になくすことが「副首都・大阪」実現への必要最低条件と位置付けている。
しかし、大阪都構想は2015年と2020年の2度の住民投票で否決されており、3度目の挑戦には慎重論もある。2025年5月の大阪維新の会のプロジェクトチームは、住民サービスを拡充して住民の実質的な「手取り」を増やすことと、大阪を副首都にふさわしい大都市として成長させることの2点を新たな方向性として挙げた。
他党の対応
国民民主党は対抗策を打ち出している。国民民主党は道府県から権限や財源を全面的に移譲する「特別自治市」制度を設ける地方自治法改正案を、臨時国会に提出する方針で、大阪都構想の対案と位置付けている。
実現された場合のメリット
1. 災害リスクの分散
最大のメリットは首都機能のバックアップ体制の確立だ。東日本大震災以後、大規模災害時の首都のバックアップ機能の必要性は日に日に高まっており、世界大都市圏の自然災害リスク指数で東京は世界1位、サンフランシスコの4倍、ロサンゼルスの8倍という突出したリスクを抱えている。
2. 経済の活性化
大阪は東京に次ぐ西日本最大の都市圏であり、経済規模も非常に大きく、交通インフラ、宿泊施設、会議施設など、国の機能を維持するために必要な都市機能がすでに十分に備わっている。副首都化により、さらなる投資と発展が期待できる。
3. 東京一極集中の是正
人口、資本、情報、行政が東京に過度に集中する現状を改善し、国土の均衡ある発展につながる可能性がある。2013年の関西経済連合会のアンケート調査では、首都機能停止時の代替機能を置く候補地として74%の企業が関西を挙げた。
懸念されるデメリット・課題
1. 東京と大阪の文化的対立
両都市は歴史的に、協力関係というより、互いを警戒する「競争都市」として向かい合ってきた。大阪側には「東京に奪われた」という被害意識が残り、東京側には「大阪はもう地方都市だ」という冷ややかな感覚がある。この心理的な溝が、都市間連携を妨げてきた最大の要因となっている。
2. 行政の縦割り強化の懸念
首都機能を分散して一部を大阪に移転するだけでは、行政の縦割りが強まるだけであり、関西経済の真の自立にはつながらないという批判がある。
3. 南海トラフ地震のリスク
東京圏と関西圏は南海トラフ地震で同時に被災する恐れがあるため、副首都の条件である「東京圏の災害で、被害の影響が少ない」に大阪が当てはまるかどうかは議論の余地がある。
4. 政策的な矛盾
副首都構想は「反東京政策(都構想)」と「親東京政策(副首都構想)」が一緒になっており、政策的な整合性を欠いているという指摘もある。
今後の展望 ─ 実現への道筋は?
政治的な実現可能性
2025年10月現在、維新は自民党との連携を模索しており、副首都構想を重要な交渉材料としている。吉村代表は「自民党新総裁にぶつける」と語り、自民党や他の野党とも議論したいとの考えを示している。
大阪都構想の行方
大阪・関西万博が閉幕する2025年秋以降、住民投票に向けた動きが加速するとの見方もある。しかし、過去2度の否決を踏まえ、維新は住民の「手取り」増加を前面に出すなど、新たなアプローチを模索している。
代替案の可能性
国民民主党の「特別自治市」構想など、他党からも大都市制度改革の提案が出ており、今後の議論の行方が注目される。
まとめ ─ 日本の未来を左右する構想
維新の副首都構想は、単なる災害対策を超えて、日本の統治機構そのものを問い直す大胆な提案だ。東京一極集中のリスクが明白な中、何らかの形でのバックアップ体制構築は不可欠といえる。
しかし、その実現には多くのハードルがある。特に、前提となる大阪都構想が2度の住民投票で否決されている事実は重い。また、東京と大阪の歴史的な対立構造や、南海トラフ地震のリスクなど、解決すべき課題は山積している。
それでも、首都直下地震の確率が70%という現実を前に、日本は真剣に首都機能のバックアップを検討する必要がある。副首都構想が、その議論の重要な出発点となることは間違いない。今後は、党派を超えた建設的な議論により、日本の安全と発展を両立させる最適解を見出すことが求められている。
維新の副首都構想は、日本の将来像を描く壮大な実験といえるだろう。その成否は、大阪市民の選択だけでなく、日本全体の合意形成にかかっている。

