はじめに
2025年11月10日から21日まで、ブラジル北部のアマゾン川河口都市ベレンで、国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)が開催されます。パリ協定採択から10年、京都議定書発効から20年という歴史的な節目を迎える今回の会議は、気候危機への対処において極めて重要な転換点となります。アメリカのトランプ政権が再びパリ協定からの離脱を表明し、国際協調体制が揺らぐ中、世界は団結して気候変動に立ち向かえるのか。COP30はその真価が問われる場となるでしょう。
COPとは何か――気候変動対策の最高意思決定機関
COP(Conference of the Parties)とは、「締約国会議」の略称で、国際条約の加盟国による最高決定機関として設置されるものです。中でも国連気候変動枠組条約のCOPは、198の国や国際機関が参加する世界最大の気候変動に関する国際会議であり、毎年開催されています。
COPの役割は二つあります。一つは、パリ協定をはじめとする国際的な気候変動対策のルールを議論し、合意を形成する「交渉の場」としての機能です。もう一つは、各国や国際機関、企業、自治体などが自らの取り組みを発信する「情報発信の場」としての機能です。近年では、政府間の正式な合意とは別に、会期中に企業や都市・自治体などの非国家アクターが自主的に様々なイニシアティブを発表することも増えており、600を超える取り組みが立ち上げられています。
パリ協定とグローバルストックテイク
2015年に採択されたパリ協定は、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比較して1.5度に抑えることを長期目標としています。この目標達成のため、各国は5年ごとに温室効果ガス削減目標(NDC:国が決定する貢献)を提出・更新し、段階的に引き上げていくことが義務づけられています。
さらに、パリ協定には「グローバルストックテイク」という仕組みが設けられています。これは5年ごとに世界全体での取り組みの進捗を確認するプロセスで、2023年のCOP28では初めてとなるグローバルストックテイクが実施されました。その結果、IPCC第6次評価報告書に沿って2035年までに温室効果ガス排出量を2019年比で60%削減する必要があることが確認され、2050年までのネットゼロ達成に向けて化石燃料から転換していくこと、再生可能エネルギーを2030年までに3倍にすることなどが合意されました。
しかし、2024年は地球の平均気温が初めて年間を通じて1.5度を突破し、パリ協定の目標達成が危ぶまれる危機的状況に陥っています。世界各地で洪水や熱波、干ばつ、森林火災が頻発しており、アマゾン熱帯林の崩壊や南極・北極の氷床融解など、後戻りできない「ティッピング・ポイント」に近づいています。
COP30の主要な論点
(1)2035年削減目標の引き上げ
本来であれば2025年2月が2035年のNDC提出期限でしたが、10月末時点で提出した国は限られており、世界全体の排出量の約30%をカバーする64カ国にとどまっています。現状の各国目標を全て足し合わせても、1.5度目標達成には全く足りていません。
COP30では、1.5度目標とのギャップをどれだけ埋められるか、再生可能エネルギー3倍や森林破壊ゼロの目標をどう実現するかが焦点となります。各国に野心的な削減目標を促し、気候変動対策を強化する機運を高められるかが問われています。
(2)途上国への気候資金支援
気候危機を防ぐには途上国を含む全ての国が温室効果ガス削減を進める必要がありますが、多くの途上国は気候災害への適応と排出削減を同時に進めるための資金が不足しています。
2024年のCOP29では、先進国主導で民間資金と公的資金を合わせて2035年までに年間3000億ドルに増やすことが決定されましたが、途上国からは公的資金の役割を重視する声が強く、不満の残る内容となりました。一方で、「1.3兆ドルに向けたバクーからベレンへのロードマップ」が設立され、COP30で報告されることになっています。
途上国支援は、先進国の歴史的責任だけでなく、グローバル化したサプライチェーンを守り、日本企業の脱炭素技術のビジネスチャンスを生むという意味でも重要です。途上国の脆弱性を放置することは、日本経済や消費者にも悪影響をもたらします。
(3)適応と損失・損害(ロス&ダメージ)
洪水や干ばつなどの気候災害が世界各地で拡大しており、「損失と損害」はもはや将来の話ではありません。2023年のCOP28で設立が決まったロス&ダメージ基金は、2025年半ば時点での拠出表明額が約8億ドルにとどまり、年間数千億ドル規模のニーズには大きく届いていません。
また、COP28で合意された適応に関する世界全体の目標(GGA)の達成状況を測る指標づくりがCOP30の重要な議題となっています。特に支援する先進国と支援を受ける途上国の間で意見の隔たりがあり、合意形成が注目されます。
(4)森林保全と「ネイチャーCOP」
COP30は「ネイチャーCOP」とも呼ばれています。議長国ブラジルが森林保全を大きな論点に据え、アマゾン川河口のベレンを開催地に選んだことは象徴的です。森林は大気中の炭素を吸収・貯蔵することで気候変動の進行を遅らせると同時に、生物多様性の宝庫でもあります。
ブラジルは「トロピカル・フォレスト・フォーエバー・ファシリティ(TFFF)」という新しい基金の立ち上げを提唱しています。この基金は約1250億ドルの資金調達を目指し、森林を保全・回復した面積に応じて1ヘクタールあたり4ドルを基準に資金を支給する仕組みで、森林破壊の経済的インセンティブを変えることを狙っています。資金の20%は先住民と地域社会へ直接還元されることも特徴です。
非国家アクターの役割
気候変動政策に関する国際的な「揺り戻し」が心配される中、企業や都市・自治体、市民団体などの非国家アクターの取り組みが交渉を良い方向に導く重要な後押しとなっています。議長国ブラジルは、ポルトガル語で協働を意味する”mutirão”(ムチロン)をキーワードに、300以上のイニシアティブを30のグループに分けて活動を促進しています。
特に注目されるのはアメリカの動向です。連邦政府はパリ協定から離脱しましたが、「アメリカ・イズ・オール・イン」という6000以上の州政府、自治体、企業、機関投資家が参加する連合体が、パリ協定の目標に向かって行動を続けることを表明しています。2025年9月の国連総会では、地方自治体が気候対策の先頭に立つという力強いメッセージを発信しました。
日本の立ち位置と課題
日本は2030年度に温室効果ガスを2013年度比で46%削減する目標を掲げていますが、国際的には不十分との指摘があります。Climate Action Trackerは、1.5度目標に整合するには2030年までに2013年比69%削減が必要と提言しています。
日本政府は2035年の新たなNDCについて、2013年度比60%削減を軸に検討を進めていますが、環境団体からはさらなる引き上げを求める声が上がっています。また、日本はCOP30でジャパン・パビリオンを設置し、「ソリューションを世界の隅々へ」をテーマに、2050年ネットゼロ実現に向けた技術・製品・サービスを展示し、オンラインセミナーやバーチャル展示を実施します。
プレCOP30では、日本は主要排出国を含むあらゆる国が脱炭素化に取り組む必要性を訴え、NDC未提出国に早期提出を求めましたが、高市早苗首相のCOP30首脳会議欠席が報じられるなど、国際社会での存在感には課題も残ります。
これまでのCOPの歴史
COPの歴史は1995年のCOP1(ベルリン)から始まります。1997年のCOP3(京都)では京都議定書が採択され、先進国に法的拘束力のある削減目標が課されました。しかし、途上国には義務がなく、アメリカも離脱したため、限定的な枠組みとなりました。
2015年のCOP21(パリ)で採択されたパリ協定は、先進国・途上国を問わず全ての国が参加する画期的な枠組みとなりました。2021年のCOP26(グラスゴー)では石炭火力の段階的削減が初めて合意され、2023年のCOP28(ドバイ)では史上初めて「化石燃料からの転換」が明記されました。
おわりに――試される国際協調
COP30は、アメリカのパリ協定離脱という逆風の中で、世界が団結して気候変動に立ち向かい続ける姿勢を具体的成果とともに示せるかが試される重要な会議です。1.5度目標達成が危ぶまれ、残された時間がない中で、野心的な削減目標の積み上げ、途上国への資金支援の具体化、森林保全の仕組み構築、そして非国家アクターの取り組みの集約と拡散が求められています。
アマゾンの玄関口ベレンでの開催は、気候変動対策と生物多様性保全を統合的に扱う新たなアプローチへの転換を象徴しています。COP30が、多国間主義が機能し、世界が実際に行動へ移せることを示す場となるか。その成否は、私たち一人一人の未来に直結しています。

