日本が石油備蓄を過去最大規模で放出——8000万バレル、国内備蓄の約2割を市場へ

社会

2026年3月16日、政府はイラン情勢の悪化を受け、石油備蓄の放出を開始した。今回の放出量は民間備蓄15日分と国家備蓄1カ月分を合わせた約8000万バレルで、過去最大規模となる見込みだ。国内備蓄の約2割が放出されることになる。

石油備蓄の放出は2022年のロシアによるウクライナ侵攻時以来、約4年ぶり。しかも今回は通常の手順である国際エネルギー機関(IEA)との協調放出の決定を待たず、日本が単独で先行して放出に踏み切った。制度発足の1978年以来、日本が単独で備蓄放出を行うのは初めてとなる。

なぜ今、備蓄放出が必要なのか

事の発端は2026年2月28日に始まった米国・イスラエルによるイランへの大規模軍事攻撃だ。攻撃の過程でイランの最高指導者ハーメネイー師が死亡し、イランは報復として世界の原油の約5分の1が通過するホルムズ海峡を事実上封鎖する事態となった。

日本の原油輸入の94%は中東に依存しており、その大半がホルムズ海峡を経由して運ばれる。同海峡の封鎖が続く中、3月20日ごろには現在通過中のタンカーが日本に到着するが、それ以降は原油供給が大幅に減少することが確実となった。

民間備蓄の放出は3月16日に官報で告示された。石油備蓄法は政府や民間に石油の備蓄を義務付けており、2025年末時点で101日分の民間備蓄、146日分の国家備蓄など計254日分が備蓄されている。この254日分という水準はIEAが加盟国に求める90日分の基準を大幅に上回るものであり、日本がいかに厚みのある備蓄を持つかがわかる。

高市首相は「今月下旬以降、日本への原油輸入は大幅に減少する見通しだ」と説明し、IEAとの協調放出の正式決定を待たず先行して対応する判断を下したとした。

国際的な協調放出——史上6度目、過去最大

日本の単独先行放出に続き、3月11日にはIEA加盟32カ国が全会一致で、過去最大となる計4億バレルの石油備蓄協調放出を決定した。これは2022年のウクライナ侵攻時の協調放出(1億8200万バレル)の2倍以上の規模であり、IEA史上6度目の協調放出となる。

各国の放出量は以下の通りだ。

放出量
米国約1億7200万バレル
日本約8000万バレル
韓国約2246万バレル
ドイツ約1950万バレル
フランス約1450万バレル
英国約1350万バレル

この世界的な取り組みは、通常ホルムズ海峡を通じて輸送される原油の約26日分に相当する。IEAは、アジア向けには直ちに供給を開始し、欧州・米州向けは3月末から実施されることを明らかにした。

IEAのビロル事務局長は「われわれが直面している原油市場の課題は前例のない規模だ」と強調し、今回の大規模放出を「市場の混乱による影響を軽減する重要な措置」と位置づけた。

備蓄放出の限界——「4日分」の消費量

ただし、この大規模な協調放出にも限界がある。

世界全体での原油の消費量は一日当たり1億バレル強と推定されることから、石油備蓄の放出量4億バレルは4日分弱の消費量に過ぎない。原油市場の需給に大きな影響を与え、原油価格を押し下げるのには力不足だ。

実際、IEAの協調放出決定が発表された後も原油価格は下落せず、WTI原油先物価格は3月12日の東京時間に1バレル94ドルまで上昇した。攻撃前の67ドル台から約4割もの急騰だ。

野村総合研究所の木内登英氏の分析によれば、備蓄の放出は原油やガソリン不足への不安を緩和する「心理的な効果を狙った施策」という側面が大きいとされる。国内ではガソリン不足を懸念した消費者の「駆け込み給油」が各地で目立ち始めており、パニック的な動きを抑止する意図もある。石油化学企業がエチレンの生産を抑制し始めるなど、産業界への影響も現実化しつつあった。

もう一つの柱——ガソリン補助金の復活

政府はこの備蓄放出と合わせて、ガソリン価格を抑制するための補助金制度の再開も同時に打ち出した。経済産業省は3月19日の出荷分から、ガソリンの全国平均小売価格が1リットルあたり170円を超える分を全額補助する「緊急的激変緩和措置」を開始する。軽油・重油・灯油・航空機燃料も同様の対象となる。

ガソリン補助金制度は昨年年末にガソリン暫定税率の廃止とセットで廃止を決めたばかりだ。わずか2カ月余りでの復活となる。

高市首相は「ガソリン価格が1リットル当たり200円を超える水準となる可能性も否めない」と指摘しており、補助金がなければ今後数週間のうちに200円超えが現実になりかねない状況だ。

財源の「2カ月強」という懸念

補助金の財源は、燃料油価格激変緩和対策基金の残高2800億円(2月末時点)が充てられる。しかし、これがいつまで持つかについては厳しい試算が出ている。

みずほリサーチ&テクノロジーズの服部直樹氏は、ガソリン価格が1リットル200円(補助額30円)の想定で必要な補助金額を試算。3月は19日以降で1395億円、4月以降は1カ月あたり2300億〜2500億円が必要で、「2800億円は1カ月強で底をつく計算」となる。

野村総合研究所の試算でも、WTI原油先物価格が87ドルで横ばいを続ける前提で約2カ月強で基金が枯渇するとされる。

「出口が見えないまま政策を再開した」という批判も出ており、原油高騰が長期化した場合には補正予算での追加財源措置が不可欠になる。財政支出の膨張と円安がさらに輸入コストを押し上げるという悪循環への懸念も専門家から指摘されている。

高市首相は「息切れすることなく国民の生活を支えるべく、今後とも支援のあり方は柔軟に検討していく」と述べており、状況次第での追加措置も示唆している。

今後のスケジュールと生活への影響

現時点で国民生活に見えてくる影響と今後のスケジュールは以下の通りだ。

3月20日ごろ:現在ホルムズ海峡を通過中の最後のタンカーが日本に到着。以降、原油輸入は大幅減少へ。

3月19日から:ガソリン補助金が石油元売りへの支給を開始。店頭価格への反映には1〜2週間程度かかる見込み。

3月末〜4月初旬:補助金の効果が実際の店頭価格に反映され始め、170円程度への安定が期待される。

ただし、原油価格は中東情勢に直接左右される。軍事衝突の拡大や長期化、イランによるカーグ島の石油インフラへの新たな攻撃が起きれば、再び価格が跳ね上がる可能性がある。

まとめ——「時間を買う措置」の先に

今回の石油備蓄放出とガソリン補助金の復活は、「時間を買う措置」と評されている。2022年のウクライナ危機の2倍超の規模に達した国際協調放出でも原油価格の下落には至っておらず、根本的な解決は中東の軍事情勢次第だ。

石油備蓄は約254日分(放出後は約2割減)という豊富な水準を保っており、即座にガソリンスタンドの棚が空になるような事態は当面考えにくい。しかし補助金の財源が1〜2カ月で尽きる可能性があることを考えると、19日に予定される日米首脳会談でのホルムズ海峡情勢の打開策や、IEAの追加協調措置の行方が、市民生活に直接影響する重要な焦点となる

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