はじめに
アフリカ南東部に位置する島国マダガスカルで、大きな政治的動揺が起きています。アンドリー・ラジョエリナ大統領が2025年10月12日に国外へ出国し、軍の一部がZ世代主導の反政府デモに同調するという事態が発生しました。この記事では、今回の政変の概要、経緯、今後の展開、そして日本への影響について解説します。
事態の概要
2025年10月13日、ラジョエリナ大統領はオンラインで国民向け演説を行い、命の危険があるため「安全な場所」に避難していることを明らかにしました。大統領は、9月25日以降に暗殺やクーデターの試みがあったと主張し、軍人や政治家のグループが自身を排除しようとしていたと述べています。
フランスメディアの報道によれば、ラジョエリナ氏は10月12日にフランス軍機の支援を受けて国外へ出国したとされています。しかし、具体的な滞在先は明らかにされていません。大統領は辞任を拒否し、「問題を解決する唯一の方法は憲法を尊重することだ」と訴えていますが、野党指導者は弾劾手続きに着手すると表明しています。
事態に至る経緯
反政府デモの始まり
今回の政治危機の発端は、2025年9月25日から始まった若者主導の抗議運動にあります。当初、デモは慢性的な停電と断水への不満から始まりました。マダガスカルでは長年にわたり、インフラの不備が深刻な問題となっており、国民の生活に大きな影響を与えていました。
しかし、デモは次第に規模を拡大し、政府の腐敗や悪政、基本的サービスの欠如といったより広範な不満を背景に、ラジョエリナ大統領の辞任を求める反政府運動へと発展していきました。
軍の離反
状況を一層深刻化させたのが、軍の一部によるデモ支持の表明でした。特に注目されるのは、2009年にラジョエリナ氏が権力を掌握した際に支援した軍精鋭部隊CAPSATの兵士らが、政府の命令に従わず、デモ参加者を支持するよう呼びかけたことです。
10月6日、ラジョエリナ大統領は事態の収束を図るため、国軍のルフィン・ザフィサンボ将軍を首相に任命しましたが、10月11日には軍の精鋭部隊が反政府デモへの支持を正式に表明し、大統領から離反しました。この軍の動きにより、ラジョエリナ氏は孤立を深めることとなりました。
衝突による犠牲者
国連の報告によれば、治安部隊と抗議デモ参加者との衝突により、少なくとも22人が死亡し、100人以上が負傷しています。首都アンタナナリボでは数千人規模のデモが続き、参加者らは「大統領は今すぐ辞めろ」と叫んでいます。
ラジョエリナ大統領の過去
アンドリー・ラジョエリナ氏は、かつてアンタナナリボ市長を務めていました。2009年には軍の支持を得て、当時のマーク・ラヴァルマナナ大統領を辞任に追い込み、憲法に則らない形で暫定大統領に就任しました。その後、2014年まで暫定統治機構議長として権力を握り、2018年の選挙で正式に大統領に就任していました。
今回の事態は、皮肉にも自身が2009年に行ったのと同様の方法で、権力の座から追われようとしているという側面があります。
今後の流れ
政治的空白の懸念
大統領が国外に逃亡し、辞任を拒否している現在、マダガスカルは政治的空白状態に陥る可能性があります。野党は弾劾手続きに着手するとしていますが、憲法に基づく正式な手続きがどのように進められるかは不透明です。
国際社会の反応
過去にマダガスカルで憲法に則らない政権交代が起きた際、国際社会は厳しい対応を取ってきました。2009年のクーデター後、アフリカ連合はマダガスカルの加盟資格を停止し、多くの国が経済援助を停止しました。今回の事態についても、国際社会がどのような対応を取るかが注目されます。
新政権樹立の可能性
軍が反政府デモに同調している現状から、軍主導の暫定政権が樹立される可能性もあります。しかし、民主的な選挙を経ない政権交代は、再び国際社会からの孤立を招くリスクがあります。
経済的影響
マダガスカルの経済は既に脆弱な状態にあります。約3000万人の人口のうち、約4分の3が貧困状態にあり、世界銀行の統計によれば、2020年の1人当たりGDPは独立した1960年から45%も減少しています。政治的混乱が長引けば、経済はさらに悪化し、国民生活に深刻な影響を与えることが懸念されます。
日本への影響
経済・貿易関係
マダガスカルと日本の間には重要な経済関係があります。特に注目すべきは、日本がバニラの約90%をマダガスカルから輸入しているという事実です。マダガスカルは世界最大のバニラ輸出国であり、日本にとって最も重要なバニラ・クローブ供給国となっています。
今回の政変により、バニラをはじめとする農産物の生産や輸出に支障が出る可能性があります。これは日本の食品産業、特に製菓業界などに影響を与える可能性があります。
鉱物資源への影響
マダガスカルはニッケル、コバルト、グラファイト、クロムなど、工業製品に欠かせない鉱物資源を豊富に有しています。特に日本企業が筆頭株主となっているニッケル・コバルト地金の一貫生産事業(アンバトビー鉱山プロジェクト)は、同国経済の牽引役として期待されています。
政治的混乱が長期化すれば、これらの鉱山プロジェクトの操業に影響が出る可能性があり、日本のハイテク産業や電気自動車産業にとって重要な資源供給が滞るリスクがあります。
開発援助への影響
日本はマダガスカルに対する主要援助国の一つであり、累積援助額は1000億円を超えています。特に、トアマシナ港の拡張計画には約452億円の円借款が提供されており、2026年の完成を目指して進められています。
今回の政変により、こうした開発援助プロジェクトの継続が困難になる可能性があります。過去の政治危機の際にも、日本を含む多くの国が援助を一時停止した経緯があります。
人道的懸念
国連の報告によれば、既に多数の死傷者が出ており、人道状況の悪化が懸念されます。日本政府は人道的観点から、マダガスカル国民への支援を検討する必要が出てくる可能性があります。
まとめ
マダガスカルで起きている政変は、Z世代が主導する新しい形の政治変革の試みとも言えます。慢性的なインフラ不足という具体的な生活問題から始まった抗議運動が、政府の腐敗や悪政への不満と結びつき、軍の一部をも巻き込む大規模な政治危機へと発展しました。
ラジョエリナ大統領の今後の動向、軍や野党の対応、そして国際社会の反応によって、マダガスカルの政治情勢は大きく変わる可能性があります。日本にとっても、バニラなどの重要な農産物や鉱物資源の供給国であるマダガスカルの安定は、経済的に無視できない問題です。
民主的で平和的な解決が図られ、マダガスカル国民の生活改善につながる政治体制が確立されることを期待したいところです。今後の展開を注視していく必要があるでしょう。
 
