公正取引委員会が2026年2月、フリーランス法違反の疑いで日本郵便への調査を開始したことが明らかになりました。この事案は、2024年に施行されたフリーランス保護法における最大規模の違反案件となる可能性があり、フリーランスとして働く人々にとって重要な転換点となりそうです。本記事では、この調査の概要とともに、フリーランス法の内容、その背景、そして企業や個人が知っておくべきポイントについて詳しく解説します。
日本郵便フリーランス法違反調査の概要
何が問題となったのか
公正取引委員会が調査を始めたのは、日本郵便が業務を委託したフリーランスに対して取引条件を明示していなかったという疑いです。この問題は朝日新聞が2025年12月に報じたことで明らかになりました。
日本郵便は2025年9月から10月にかけて、本社と全国13支社でフリーランス法への対応状況を自主的に調査しました。その結果、組織に属さず働くフリーランス223人への計380件の業務委託において、取引条件を文面で明示していなかったことが判明しました。フリーランス法では、この文面による明示を義務付けています。
調査の規模と今後の展開
公正取引委員会は、違反事案の規模が大きく、現場が全国にまたがることから調査に乗り出したとみられています。日本郵便の自主調査は本社と支社を対象としたものでしたが、全国に約2万ある郵便局の中には、印刷物の制作や工作教室、地域イベントなど、フリーランスとの取引が日常的にあります。
公正取引委員会は日本郵便に対し、郵便局についても調べて報告するよう求めており、調査を進める方針です。違反が認定されれば、改善や再発防止などを求める勧告を検討する模様です。2024年のフリーランス法施行以来、最大規模の違反事案になる可能性があるため、今後の展開が注目されています。
フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)とは
フリーランス法の成立背景
フリーランス法の正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」です。この法律は2023年4月に成立し、2024年11月1日から施行されました。
近年、日本国内でフリーランスとして働く人が急増しています。働き方の多様化やデジタル化の進展により、特定の企業に属さず、独立して仕事を受注するフリーランサーは、内閣官房の調査によれば2020年時点で約462万人に達しています。コロナ禍を経てリモートワークが普及したこともあり、この数はさらに増加していると考えられます。
しかし、フリーランスは労働者ではないため労働基準法の保護を受けられず、取引条件が不明確なまま業務を開始させられたり、報酬の支払いが遅延したり、一方的に契約を解除されたりといったトラブルが後を絶ちませんでした。こうした問題に対処し、フリーランスが安心して働ける環境を整備するため、フリーランス保護法が制定されたのです。
フリーランス法の目的
この法律の主な目的は以下の3点です。
フリーランスの取引適正化を図ることが第一の目的です。発注者である事業者とフリーランスとの間の取引を公正にし、不当な扱いを防止します。
フリーランスの就業環境の整備も重要な目的です。育児介護との両立支援やハラスメント対策など、働きやすい環境づくりを促進します。
紛争解決手段の整備により、トラブルが発生した際に適切に解決できる仕組みを提供します。
法律が対象とする「フリーランス」の定義
フリーランス法では、保護の対象となる「特定受託事業者」を明確に定義しています。
従業員を使用していない個人事業主またはこれに準ずる法人が対象です。つまり、一人で事業を行っているフリーランスが主な保護対象となります。従業員を雇用している個人事業主や法人は、基本的に対象外です。
業務委託として仕事を受ける者であることも条件です。雇用契約ではなく、業務委託契約や請負契約などで仕事を受注する形態が該当します。
フリーランス法の主な内容
取引条件の明示義務
フリーランス法の中核をなすのが、発注者による取引条件の明示義務です。
発注者は業務委託をする際、給付の内容(業務内容)、報酬の額、支払期日などの取引条件を、原則として書面またはメール等で明示しなければなりません。口頭での約束だけでは不十分であり、証拠として残る形での明示が求められます。
この明示義務は、契約前に行う必要があります。業務を開始させてから後で条件を伝えるといった対応は認められません。今回の日本郵便のケースでは、まさにこの明示義務違反が問題となっています。
報酬の支払期日の設定
フリーランスに対する報酬は、給付を受領した日から60日以内に支払わなければならないと定められています。
この規定により、業務完了後に何カ月も報酬が支払われないといった事態を防止します。従来、下請代金支払遅延等防止法(下請法)では資本金要件があったため、すべてのフリーランスが保護されるわけではありませんでしたが、フリーランス法では発注者の規模に関わらず、広く適用されます。
禁止行為の規定
フリーランス法では、発注者による以下のような行為を禁止しています。
報酬の減額は、正当な理由なく、あらかじめ定めた報酬を減額することを禁止します。「思ったより出来が悪い」といった曖昧な理由での減額は認められません。
返品についても、受領した給付物を正当な理由なく返品することを禁止します。
買いたたき、つまり通常の対価より著しく低い報酬を不当に定めることも禁止されています。
購入・利用の強制、つまりフリーランスに対して正当な理由なく物品の購入やサービスの利用を強制することも禁止行為です。
不当な経済上の利益の提供要請、たとえば無償での追加作業を強要するような行為も認められません。
不当な給付内容の変更・やり直しも禁止されています。発注後に一方的に内容を大幅に変更したり、不当な理由でやり直しを命じたりすることはできません。
募集情報の的確表示義務
フリーランスを募集する際には、虚偽の情報や誤解を招く情報を提供してはならず、正確な募集条件を示す必要があります。
育児介護等との両立への配慮
発注者は、フリーランスが育児や介護と両立できるよう配慮する努力義務を負います。たとえば、納期の調整や業務量の配慮などが求められます。
ハラスメント対策
発注者は、セクシュアルハラスメントやパワーハラスメント、マタニティハラスメントなどの防止措置を講じる努力義務を負います。相談窓口の設置や研修の実施などが想定されています。
中途解除等の事前予告
継続的な業務委託契約を中途で解除する場合、発注者は原則として30日前までに予告しなければなりません。予告なしに突然契約を打ち切ることは認められません。
フリーランス法の執行体制
所管官庁と権限
フリーランス法は、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省の3つの官庁が所管しています。
公正取引委員会は、取引条件の明示義務違反や禁止行為違反について、調査・指導・勧告を行います。今回の日本郵便の事案も公正取引委員会が担当しています。
中小企業庁も、公正取引委員会と同様に取引の適正化に関する事項について権限を持ちます。
厚生労働省は、育児介護との両立配慮やハラスメント対策など、就業環境整備に関する事項を担当します。
違反した場合の罰則
フリーランス法に違反した場合、以下のような措置が取られます。
勧告・公表として、違反行為があった場合、所管官庁は事業者に対して勧告を行い、事業者名と違反内容を公表することができます。企業にとって、社名が公表されることは大きな信用損失につながります。
罰則も設けられており、一定の違反行為については、最大で50万円以下の罰金が科される可能性があります。
民事上の効力として、フリーランス法違反があった場合、フリーランス側から損害賠償を請求することも可能です。
紛争解決手段
フリーランス法では、トラブルが発生した際の解決手段も整備されています。
裁判外紛争解決手続(ADR)の整備により、裁判によらない紛争解決の仕組みが用意されています。
行政機関への申告も可能で、フリーランスは所管官庁に違反の疑いを申告することができます。今回の日本郵便のケースも、内部調査の結果が報道されたことで公正取引委員会が動いたと考えられます。
フリーランス法の施行による影響
企業側への影響
フリーランス法の施行により、フリーランスに業務を委託する企業は対応が必要となりました。
契約書の整備が必須となり、これまで口頭や簡単なメールのやり取りで済ませていた企業も、正式な契約書やメールでの条件明示を行う必要が生じました。
社内体制の整備も求められます。フリーランスとの取引を管理する部署の明確化、担当者への教育、契約書のひな型作成などが必要です。
コンプライアンス意識の向上も重要で、下請法やフリーランス法についての社内研修を実施し、違反リスクを減らす取り組みが求められます。
日本郵便のような大企業でも対応が追いついていなかったことから、多くの企業で体制整備に時間がかかっているのが現状です。
フリーランス側への影響
フリーランスにとっては、権利保護が大きく前進しました。
取引条件の明確化により、業務内容や報酬が不明確なまま仕事を始めるリスクが減りました。
報酬未払いへの対策として、支払期日が法定されたことで、報酬の遅延や未払いに対して明確に主張できるようになりました。
不当な扱いへの対処が可能となり、一方的な減額や契約解除など、不当な扱いを受けた場合に行政機関への申告や法的措置を取りやすくなりました。
一方で、フリーランス側も法律の内容を理解し、自分の権利を適切に主張できるようにする必要があります。
フリーランスとして働く人が知っておくべきポイント
契約前に確認すべきこと
業務を受注する際には、以下の点を必ず書面またはメールで確認しましょう。
- 業務の具体的な内容と範囲
- 報酬の金額と計算方法
- 報酬の支払期日と支払方法
- 業務の完了期日
- 著作権の扱い
- 修正や追加作業の範囲と費用
これらが明示されていない場合は、発注者に確認を求める権利があります。
トラブルが発生したら
不当な扱いを受けたと感じたら、以下の対応を検討しましょう。
証拠の保全として、メールやメッセージのやり取り、契約書、納品物、請求書などを保管しておきます。
相談窓口の活用も有効で、中小企業庁の「フリーランス・トラブル110番」、各都道府県の労働局、弁護士会の法律相談などが利用できます。
行政機関への申告により、明らかな法律違反があれば、公正取引委員会や中小企業庁に申告することができます。
自己防衛のための工夫
法律による保護とは別に、フリーランス自身ができる工夫もあります。
契約書の雛形を用意することで、発注者が契約書を用意しない場合に備え、自分で簡単な契約書の雛形を用意しておくと良いでしょう。
業務範囲を明確にするために、曖昧な依頼には応じず、業務範囲を明確にしてから受注することが重要です。
前金や着手金の設定により、報酬未払いリスクを軽減できます。特に高額案件では、一部を前払いしてもらう交渉も有効です。
まとめ
日本郵便に対する公正取引委員会の調査は、フリーランス法が実際に運用され、効力を発揮していることを示す重要な事例です。法律が施行されてから約1年、企業側の対応が追いついていない実態も明らかになりました。
フリーランス法は、これまで十分な保護を受けられなかったフリーランスにとって、大きな前進となる法律です。取引条件の明示義務、報酬支払期日の規定、各種禁止行為の明確化など、実効性のある保護規定が整備されています。
一方で、法律があっても、フリーランス自身がその内容を理解し、自分の権利を主張できなければ意味がありません。また、企業側も法律を正しく理解し、適切な体制を整備する必要があります。
今回の日本郵便の事案は、フリーランス法の重要性と、企業が対応を怠った場合のリスクを明確に示しました。フリーランスとして働く人も、フリーランスに業務を委託する企業も、改めてこの法律の内容を確認し、適切な取引関係を築いていくことが求められています。
フリーランスという働き方が今後さらに広がっていく中で、この法律が健全なフリーランス市場の形成に寄与し、働く人々の権利が守られる社会が実現することを期待したいと思います。
