2025年1月19日、情報通信研究機構(NICT)は大規模な太陽フレアが発生したと発表しました。翌20日未明には地磁気嵐も発生し、NICTは「宇宙天気の乱れは今後も継続する見込み」として、GPSの誤差増大や通信障害、人工衛星の運用への影響について注意を呼びかけています。
今回の太陽フレアは、最も強い「Xクラス」に分類される大規模なもの。普段は意識することのない「宇宙天気」ですが、私たちの生活にどのような影響を及ぼすのでしょうか。過去の事例も交えながら詳しく解説します。
そもそも太陽フレアとは何か
太陽フレアとは、太陽表面の黒点付近で発生する大規模な爆発現象です。太陽はプラズマで構成されており、内部には複雑な磁場が形成されています。この磁場に蓄えられたエネルギーが何らかのきっかけで一気に解放されると、強烈なX線や紫外線、電波、そして高エネルギーの荷電粒子が宇宙空間に放出されます。
太陽フレアの規模は、放出されるX線の強度によって5段階に分類されています。弱い方からA、B、C、M、Xとなり、各クラスは10倍ずつの強度差があります。今回発生したのは最大クラスの「X」であり、さらに数値でランク付けされます。X1.0とX10.0ではX線量に10倍の差があるのです。
太陽フレアが発生すると、同時に「コロナ質量放出(CME)」と呼ばれる現象も起きることがあります。これは太陽の上層大気であるコロナから、電気を帯びた大量のプラズマ(コロナガス)が宇宙空間に吹き出す現象で、このプラズマの塊が地球に到達すると「地磁気嵐」を引き起こします。
太陽フレアが私たちの生活に与える影響
太陽フレアによる影響は、大きく分けて二段階で地球に到達します。
第一段階は、フレア発生から数分〜数十分後に届く電磁波による影響です。X線や紫外線は光と同じ速度で進むため、約8分で地球に到達します。これにより地球の上空60〜1000km付近にある「電離圏」が乱れ、短波通信(HF帯)の減衰や途絶、いわゆる「デリンジャー現象」が発生します。航空機や船舶の無線通信が一時的に不安定になったり、GPSの測位精度が低下したりする可能性があります。
第二段階は、フレア発生から1〜3日後に届くコロナ質量放出(CME)による影響です。高速で飛来するプラズマの塊が地球の磁場に衝突すると地磁気嵐が発生し、さらに深刻な影響が生じます。具体的には、GPS誤差のさらなる拡大、通信衛星や放送衛星の障害、電力網への誘導電流の発生、人工衛星の軌道変動や機器の誤作動などが起こり得ます。
一方、人体への直接的な影響はほとんどありません。太陽フレアによる高エネルギー粒子やX線は地球の大気に吸収されるため、地表にいる私たちが被曝する可能性は極めて低いとされています。ただし、国際宇宙ステーションの宇宙飛行士や、高高度を飛行する航空機の乗客・乗員は放射線量が増加する可能性があり、注意が必要です。
スマートフォンの通信については、基地局経由の通信が主であるため影響は限定的とされています。ただし、カーナビのGPS精度が一時的に低下したり、ドローンや精密農業など高精度な測位を必要とする分野では注意が必要です。
太陽活動の周期と「極大期」
太陽活動には約11年の周期があることが知られています。活動が最も活発な時期を「極大期」、最も穏やかな時期を「極小期」と呼びます。極大期には太陽表面の黒点の数が増加し、それに伴って太陽フレアの発生頻度も高まります。
1755年以来、太陽活動の周期には番号が付けられており、現在は2019年12月から始まった「第25太陽周期」に入っています。NASAは2024年10月に第25周期の極大期に達したと公式発表しており、研究者たちはこの活発な時期があと1〜2年は続くと予測しています。つまり、2025年から2026年にかけては大規模な太陽フレアが発生しやすい時期が続くということです。
実際、2024年5月には観測史上初となる「72時間に7回」という異常な頻度でXクラスのフレアが発生し、世界中で注目を集めました。同年10月にも大規模フレアが相次ぎ、北海道でオーロラが観測されるなど話題となりました。
過去に起きた太陽フレアによる被害
歴史上、太陽フレアや太陽嵐によって実際に大きな被害が発生した事例がいくつかあります。
最も有名なのは1859年の「キャリントン・イベント」です。イギリスの天文学者リチャード・キャリントンが観測したこの太陽フレアは、記録上最大規模とされています。わずか17〜18時間という異例の速さでコロナ質量放出が地球に到達し、世界中で壮大なオーロラが観測されました。ハワイやカリブ海沿岸はもちろん、日本でも青森県弘前市や和歌山県新宮市でオーロラが目撃されたという記録が残っています。
当時はまだ電気インフラが発達していませんでしたが、それでも欧米の電報システムは壊滅的な被害を受けました。通信用の鉄塔からは火花が散り、電信機器はショートして火災が発生。一方で、電源を切っても「オーロラ電流」の力だけで電信機が動作し続けたという不思議な現象も報告されています。
1989年3月には、カナダのケベック州で大規模な停電が発生しました。X15クラスという巨大な太陽フレアに伴う地磁気嵐が原因で、ハイドロ・ケベック電力公社の送電網が完全に機能停止。約600万人が9時間以上も停電の影響を受け、復旧には数ヶ月を要しました。同時に米国の気象衛星GOESとの通信も途絶え、NASAのスペースシャトル・ディスカバリー号でもセンサー異常が確認されました。この事例は、現代社会がいかに太陽活動に対して脆弱であるかを示す象徴的な出来事となりました。
2003年には「ハロウィン・ストーム」と呼ばれる一連の大規模フレアが発生し、X28クラスという観測史上最大級のフレアも記録されました。世界各地で衛星通信や無線通信に障害が発生し、日本の小惑星探査機「はやぶさ」もダメージを受けています。
2012年7月には、1859年のキャリントン・イベントに匹敵する規模の太陽嵐が発生しましたが、奇跡的に地球の軌道を外れて通過しました。NASAによると、もし1週間早く発生していれば地球を直撃し、「現代文明を18世紀に後退させる」ほどの壊滅的な被害をもたらした可能性があるとのこと。研究者のピート・ライリー氏の分析によると、今後10年以内にキャリントン・イベント級の太陽嵐が地球を直撃する確率は12%とされており、決して無視できない数字です。米科学アカデミーは、同規模の太陽嵐が現代社会を直撃した場合の経済損失を約2兆ドル(約200兆円)と試算しています。
2022年2月には、スペースX社が打ち上げた49機のスターリンク衛星のうち40機が、地磁気嵐の影響で大気密度が増加したことによる抵抗を受け、大気圏に再突入して喪失するという事態も発生しています。宇宙空間で活動する人工衛星にとって、太陽活動の影響は死活問題なのです。
今後の見通しと私たちにできる備え
総務省は2022年、100年に1度起きるとされる大規模な太陽フレアが2週間連続で発生した場合の「最悪シナリオ」を発表しました。それによると、携帯電話が2週間にわたり断続的に使用不能になる、GPSの測位誤差が数十メートルに拡大する、広域で最大2週間の停電が発生する、航空機の運航が大幅に制限される、といった被害が想定されています。
こうした事態に備えるため、日本でもNICTを中心に「宇宙天気予報」の精度向上に取り組んでいます。NICTは人工知能(AI)を活用した太陽フレア予測システム「Deep Flare Net」を開発・運用しており、より早期に正確な警報を出せるよう研究が進められています。
私たち個人にできる備えとしては、まず災害時と同様に水や食料、懐中電灯、電池式ラジオなどを備蓄しておくことが基本です。モバイルバッテリーやソーラー充電器の準備も有効でしょう。また、NICTが運営する「宇宙天気予報」のウェブサイトでは、太陽フレアの発生状況や地磁気の乱れに関する最新情報を確認することができます。万が一GPSが使えなくなった場合に備え、紙の地図を持っておくことも一つの対策かもしれません。
おわりに
普段は遠い存在に感じる太陽ですが、その活動は私たちの生活と密接につながっています。GPSやスマートフォン、電力網、航空機の運航システムなど、現代社会を支えるインフラの多くが宇宙環境の変化に影響を受けうるのです。
今回の太陽フレアで直ちに大きな被害が出る可能性は低いとされていますが、太陽活動が活発な極大期はまだ続きます。NICTによると「宇宙天気の乱れは今後も継続する見込み」とのことで、引き続き注意が必要な状況です。
興味深いことに、大規模な太陽フレアや地磁気嵐が発生すると、通常は高緯度地域でしか見られないオーロラが、日本のような中緯度地域でも観測されることがあります。2024年10月には北海道各地でオーロラが目撃され、SNSで大きな話題となりました。宇宙天気の乱れは時に、美しい天体ショーをもたらしてくれることもあるのです。
「宇宙天気」という言葉を頭の片隅に置き、万が一の事態に備えておくことも、現代を生きる私たちに求められるリスク管理の一つと言えるのではないでしょうか。
見えない宇宙からの「嵐」が、私たちの日常を揺るがす可能性がある——そんな時代に、私たちは生きているのです。

