2026年2月5日、半導体受託製造の世界最大手TSMC(台湾積体電路製造)が、熊本県で国内初となる回路線幅3ナノメートルの最先端半導体を量産する計画を発表しました。設備投資は約170億ドル(約2兆6000億円)に上る見込みです。
このニュースは、日本の半導体産業にとって歴史的な転換点となる可能性があります。しかし「3ナノメートル」「最先端半導体」と言われても、具体的に何がすごいのかピンとこない方も多いのではないでしょうか。
本記事では、そもそも半導体とは何か、回路線幅の数字が意味するもの、用途の違い、そして世界の半導体競争と日本の立ち位置について、わかりやすく解説します。
そもそも半導体とは?
電気を「通したり通さなかったり」できる物質
半導体とは、電気を通す「導体」(銅や金など)と、電気を通さない「絶縁体」(ゴムやガラスなど)の中間の性質を持つ物質です。シリコン(ケイ素)が代表的な半導体材料として使われています。
半導体の最大の特徴は、条件によって電気を通したり通さなかったりを制御できること。この性質を利用して、電子回路の中で「スイッチ」の役割を果たすトランジスタという素子が作られます。
現代社会を支える「産業のコメ」
トランジスタを大量に集積したものが集積回路(IC)やLSI(大規模集積回路)です。これらは以下のような機器に搭載されています。
- スマートフォン、パソコン
- テレビ、エアコン、冷蔵庫などの家電
- 自動車(1台あたり数百個の半導体を使用)
- データセンター、AIサーバー
- 医療機器、産業用ロボット
半導体がなければ、私たちの生活は成り立ちません。「産業のコメ」と呼ばれる所以です。
回路線幅「○ナノメートル」とは何か?
ナノメートルの世界
ナノメートル(nm)は10億分の1メートルを表す単位です。
- 1nm = 0.000000001m(10億分の1メートル)
- 髪の毛の太さ:約80,000nm(8万ナノメートル)
- ウイルスの大きさ:約100nm
- 2nmの回路線幅:髪の毛の4万分の1
つまり、2nmや3nmの半導体とは、人間の髪の毛の数万分の1という超微細な世界で回路を描いているということです。
数字が小さいほど「高性能」
半導体の「○nmプロセス」という数字は、製造技術の世代を表します。一般的に、この数字が小さいほど:
| 特性 | 効果 |
|---|---|
| トランジスタ密度 | 同じ面積により多くのトランジスタを集積できる |
| 処理速度 | より高速なデータ処理が可能 |
| 消費電力 | より少ない電力で動作 |
| 発熱 | 発熱を抑えられる |
IBMの発表によれば、2nm世代は7nm世代と比較して45%の性能向上、または75%の消費電力削減が可能とされています。
注意:実際の物理寸法ではない
ただし、現在の「3nm」「2nm」という数字は、実際の回路の物理的な寸法を直接表しているわけではありません。14nm/16nm以降、数字と実際の寸法は乖離が進んでおり、現在は技術世代を示すマーケティング的な名称として使われています。
各メーカーによって同じ「○nm」でもトランジスタ密度や性能が異なる場合があるため、単純な数字の比較だけでは実力を測れないのが実情です。
回路線幅と用途の違い
半導体は用途によって求められる性能が異なり、必ずしも最先端プロセスが必要というわけではありません。
| プロセス | 主な用途 | 特徴 |
|---|---|---|
| 2〜3nm | AIサーバー、データセンター、最新スマホ | 最高性能・最高コスト |
| 5〜7nm | ハイエンドスマホ、PC向けCPU | 高性能・高コスト |
| 10〜14nm | 中堅スマホ、家電、ネットワーク機器 | バランス型 |
| 28nm以上 | 車載半導体、産業機器、IoTデバイス | 信頼性重視・低コスト |
たとえば自動車向けの半導体は、最先端の微細化よりも長期安定供給や高い信頼性が重視されます。一方、AIの学習・推論を行うデータセンターでは、膨大な計算を高速かつ省電力で処理するため、最先端プロセスが不可欠です。
今回のTSMC熊本での3nm半導体は、AI向けデータセンターや自動運転、ロボットなどへの活用が見込まれています。
世界の半導体勢力図
ファウンドリ市場はTSMCが圧倒的
半導体の製造を受託する「ファウンドリ」市場では、TSMCが世界シェアの約5割を占め、圧倒的な首位に立っています。
| 順位 | 企業 | 国・地域 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 1位 | TSMC | 台湾 | 最先端プロセスで独走、Apple・NVIDIAなどが顧客 |
| 2位 | サムスン電子 | 韓国 | 総合電機、メモリでも強い |
| 3位 | SMIC | 中国 | 中国最大のファウンドリ |
| 4位 | UMC | 台湾 | 成熟プロセスに強み |
| 5位 | グローバルファウンドリーズ | 米国 | 車載・IoT向け |
TSMCの強みは、最先端の微細化技術に加え、ピュアプレーファウンドリー(製造専業)というビジネスモデルにあります。自社で半導体製品を持たないため、顧客企業と競合する心配がありません。AppleやNVIDIA、AMDといった設計専業企業(ファブレス)にとって、安心して最先端チップの製造を委託できるパートナーなのです。
最先端プロセスの開発競争
10nm未満の先端半導体を量産できる拠点は、現在台湾と米国に集中しています。
- TSMC:2025年に2nm量産開始、1.6nm(A16)も開発中
- サムスン電子:2nm開発を進めるも、歩留まり(良品率)でTSMCに後れ
- インテル:1.8nm級(18A)を2025年に量産開始、巻き返しを図る
中国のSMICも国産化を進めていますが、米国の輸出規制により最先端の製造装置(特にEUV露光装置)を入手できず、技術的なハンデを抱えています。
日本の半導体産業の現状と今後
かつての「半導体王国」から凋落
日本は1980年代、世界の半導体市場で5割以上のシェアを誇り、「半導体王国」と呼ばれていました。しかし、その後の微細化競争から脱落。2000年代以降、最先端ロジック半導体の製造からは撤退していました。
製造装置・材料では依然として強い
一方、半導体の製造装置と材料の分野では、日本企業は今も世界をリードしています。
- 製造装置:世界シェア約30%(東京エレクトロン、ディスコなど)
- 主要材料:世界シェア約50%(フォトレジスト、シリコンウェーハなど)
この強みがあるからこそ、TSMC、サムスン、インテルといった世界大手が日本に研究開発拠点を設ける動きが活発化しています。
ラピダスとTSMC熊本、2つの柱
日本政府は「半導体復権」を掲げ、2つの大きなプロジェクトを進めています。
1. ラピダス(Rapidus)
- 2022年設立の国産半導体製造会社
- 北海道千歳市で2nm半導体の2027年量産を目指す
- IBMから技術供与を受けて開発
- 2025年7月に2nmの試作動作確認に成功
2. TSMC熊本工場
- 第1工場:2024年稼働開始(12〜28nm、主に車載向け)
- 第2工場:建設中、当初6〜12nm予定
- 今回の発表:第2工場を3nmに格上げ、投資額も拡大
政府は、ラピダスの2nmとTSMCの3nmは用途が異なり市場が競合しないと判断。両方を支援することで、国内の半導体製造能力を多角的に強化する方針です。
経済安全保障としての半導体
半導体は現代の経済安全保障における戦略物資です。
- 台湾有事リスク:世界の先端半導体の9割以上がTSMC依存
- 地政学的分散:米国、日本、欧州が自国内での製造能力強化を急ぐ
- サプライチェーン強靭化:コロナ禍での半導体不足の教訓
今回のTSMCの3nm熊本工場は、単なる経済効果だけでなく、半導体供給の地政学的リスク分散という観点からも重要な意味を持ちます。
まとめ
TSMCが熊本で3nm半導体を量産するというニュースは、日本の半導体産業にとって大きな転換点です。
- 半導体は現代社会のあらゆる電子機器を支える基盤
- 回路線幅の数字が小さいほど高性能・省電力だが、用途によって最適なプロセスは異なる
- 世界市場はTSMCが圧倒的シェアを持ち、最先端プロセスは台湾・米国に集中
- 日本は製造装置・材料で強みを持ち、ラピダス・TSMC熊本の2本柱で復権を目指す
半導体は今や、国家の安全保障に直結する戦略物資となりました。今後の動向から目が離せません。
参考情報
- 読売新聞「熊本で国内初の3ナノ半導体量産計画、TSMCが高市首相に伝達へ」(2026年2月5日)
- Rapidus株式会社「Rapidusが挑む2nm半導体とは」
- 経済産業省「半導体戦略」関連資料
