近年、「アンダークラス」という言葉がメディアで頻繁に取り上げられるようになっています。TBS「報道特集」をはじめ、多くのメディアが日本社会の格差問題を報じる中で、この言葉が注目を集めています。
では、「アンダークラス」とは一体何なのでしょうか?なぜ今、この言葉が話題になっているのでしょうか?本記事では、早稲田大学の橋本健二教授の研究を中心に、アンダークラスの実態と日本社会への影響について詳しく解説します。
アンダークラスの定義
「アンダークラス」という用語を最初に使用したのは、スウェーデンの経済学者グンナー・ミュルダールとされています。1960年代、技術革新が進む中で十分な教育や訓練を受けられなかった人々が失業したり、低賃金の仕事にしか就けなくなる状況を指摘し、「永久的な失業者、就職不可能者および不完全雇用者」をアンダークラスと定義しました。
日本においては、早稲田大学の橋本健二教授が現代日本の階級構造を分析し、「アンダークラス」という概念を提唱しています。橋本教授の定義によれば、アンダークラスとは「非正規労働者のうち、家計補助的に働いているパート主婦と、非常勤の役員や管理職、資格や技能をもった専門職を除いた残りの人々」を指します。
つまり、配偶者の収入に頼れるパート主婦や、専門性の高い非正規労働者を除いた、低賃金で不安定な雇用に従事する人々が「アンダークラス」に分類されるのです。
日本の新しい「5つの階級」
従来、資本主義社会には4つの階級があると考えられてきました。しかし橋本教授は、労働者階級の内部に巨大な分断線が生まれ、新たに「アンダークラス」という第5の階級が形成されたと指摘しています。
橋本教授の著書『新しい階級社会』(講談社現代新書、2025年)では、2022年に行われた大規模アンケート調査のデータをもとに、各階級の経済格差が明らかにされています。
| 階級 | 個人年収 | 世帯年収 | 資産 |
|---|---|---|---|
| 資本家階級(経営者・役員) | 983万円 | 1,199万円 | 6,335万円 |
| 新中間階級(専門職・管理職) | 567万円 | 819万円 | 2,318万円 |
| 正規労働者階級 | 486万円 | 675万円 | 1,385万円 |
| 旧中間階級(自営業者) | 411万円 | 669万円 | 3,769万円 |
| アンダークラス | 216万円 | 379万円 | 720万円 |
※出典:橋本健二『新しい階級社会』(講談社現代新書)より。2022年SSM調査データに基づく。
※資産額はいずれも「平均値」であり、一部の高額資産保有者によって引き上げられている点に注意が必要です。実態を把握するには中央値も参照することが望ましいですが、本データでは平均値のみが公表されています。
アンダークラスの規模と実態
2022年就業構造基本調査を基にした推計では、日本のアンダークラスは約890万人に達し、就業人口の約13.9%、実に「7人に1人」を占めています。これは旧中間階級(自営業者など)の規模を大幅に上回る数字です。
アンダークラスの特徴
【経済面】
- 平均年収は約186〜216万円(正規雇用の半分以下)
- 世帯年収も379万円程度にとどまる
- 貧困率は38.7%と高く、女性では5割に達する
- 資産ゼロの世帯が31.5%にのぼる
【家族形成】
- 男性の未婚率は74.5%(約4分の3)
- 女性の未婚率も68.4%
【生活・健康面】
- 健康状態がよくないと自覚する人が4人に1人
- 将来への強い不安を抱える人が40%超
- 約4割が「自分は不幸だ」と感じている
なぜアンダークラスが生まれたのか
アンダークラスの出現には、いくつかの社会的・政策的要因があります。
1. 非正規雇用の拡大
1980年代後半から、学校を卒業したばかりの若者が正社員になれず、非正規雇用として働くケースが増加しました。彼らには配偶者の収入というセーフティネットがないにもかかわらず、賃金は従来のパート主婦と同水準に据え置かれました。
2. 労働の規制緩和
政府による労働の規制緩和により、企業が非正規雇用を活用しやすい環境が整備されました。人件費削減を目指す企業は、正社員の採用を抑制し、非正規雇用を拡大していきました。
3. グローバル資本主義の進展
グローバル競争が激化する中、大企業は利潤追求のためにフレキシブルな労働力を求めるようになりました。その担い手となったのがアンダークラスであり、いわば「消耗品」として扱われてきた側面があります。
アンダークラスがもたらす社会的影響
橋本教授は、アンダークラスの存在が社会全体にさまざまな問題を引き起こすと警鐘を鳴らしています。
少子化の加速
アンダークラスの多くは経済的理由から結婚できず、子どもを産み育てることができません。これは少子高齢化に直接的な影響を与えています。
社会の分断と連帯感の喪失
格差が拡大した社会では、人々の間の連帯感が失われ、敵対心が強まります。助け合いがなくなり、困難な状況に陥っても誰も助けてくれない―いわば「社会全体が病気になっていく」状態です。
格差の固定化と「再生産」
現在の資本主義構造のもとでは、アンダークラスは常に必要とされ続けます。しかしアンダークラス自身は次世代を残しにくいため、他の階級の人々やその子どもたちが新たにアンダークラスに流入することになります。つまり、誰もがアンダークラスに転落する可能性を抱えているのです。
私たちに何ができるか
橋本教授は、アンダークラスの問題を解決するためには政治を変えることが必要だと主張しています。具体的には以下のような政策が提唱されています。
- 最低賃金の大幅引き上げ(時給1,500円程度まで)
- 正規雇用と非正規雇用の格差是正
- 累進課税の強化
- 相続税率の引き上げ
- 所得再配分の強化(資産税の導入など)
橋本教授の調査によれば、「いまの日本では収入の格差が大きすぎる」と考える人は7割を超えています。この声を政治に反映させることが、状況を改善する第一歩となるでしょう。
おわりに
アンダークラスの問題は、決して「他人事」ではありません。病気や親の介護、会社の倒産など、誰もがある日突然、アンダークラスに転落する可能性があります。そしていったん転落すると、そこから抜け出すことは容易ではありません。
「一億総中流」と言われた時代は過ぎ去り、日本社会は今、深刻な格差社会へと変貌しています。アンダークラスの境遇を改善し、誰もが安心して働き、結婚し、子育てができる社会を実現すること―それは日本社会の存続そのものに関わる喫緊の課題なのです。
参考文献・出典
- 橋本健二『新しい階級社会』(講談社現代新書、2025年)
- 橋本健二『アンダークラス』(ちくま新書)
- TBS「報道特集」(2026年1月31日放送)
- 現代ビジネス「現代日本社会に『新しい最下層階級』が誕生していた…」
