裁量労働制を徹底解説――制度の概要から2024年改正、導入事例、課題まで

制度

はじめに

「裁量労働制」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。働き方改革が進む中、自由度の高い働き方として注目を集める一方で、「働かせ放題の制度」「長時間労働の温床」といった批判的なイメージも根強く残っています。

実際、2018年には厚生労働省の統計データの不備が指摘され、働き方改革関連法案から裁量労働制の拡大案が削除されるという出来事もありました。こうした経緯を踏まえ、2024年4月には制度の見直しが行われ、労働者の健康確保や本人同意の義務化など、大幅な改正が実施されています。

本記事では、裁量労働制の基本的な仕組みから最新の法改正内容、実際の導入事例、メリット・デメリット、今後の課題まで、公平中立な視点から包括的に解説します。

裁量労働制とは

基本的な仕組み

裁量労働制とは、実際の労働時間にかかわらず、労使であらかじめ定めた時間を働いたものとみなし、その分の賃金を支払う制度です。労働基準法第38条に定められた「みなし労働時間制」の一つとして位置づけられています。

例えば、みなし労働時間を8時間と定めた場合、実際の労働時間が5時間であっても10時間であっても、8時間分の賃金が支払われます。労働者は始業・終業時間や1日の労働時間を自分の裁量で決めることができ、企業は業務の進め方や時間配分について具体的な指示をしません。

導入の目的

裁量労働制の主な目的は、時間に固定されない働き方によって生産性を高めることです。研究開発や企画立案など、専門性の高い業務では、決められた時間内で業務に取り組むことがかえって効率を悪くする場合があります。そのような職種では、労働時間の管理を労働者自身に任せ、自由度の高い労働環境を整える方が効率的であり、生産性も高まると考えられています。

裁量労働制の種類と対象業務

裁量労働制には「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」の2種類があり、それぞれ対象となる業務が厳密に定められています。

専門業務型裁量労働制

専門業務型は、業務の性質上、遂行方法を労働者の裁量に委ねる必要があり、使用者が具体的な指示をすることが困難な専門性の高い業務を対象としています。2024年4月の改正でM&Aアドバイザリー業務が追加され、現在は20業務が対象となっています。

対象業務(20業務):

  1. 新商品・新技術の研究開発業務
  2. 情報処理システムの分析・設計業務
  3. 記者の業務
  4. デザイナーの業務
  5. プロデューサー・ディレクターの業務
  6. コピーライターの業務
  7. システムコンサルタントの業務
  8. インテリアコーディネーターの業務
  9. ゲーム用ソフトウェアの創作業務
  10. 証券アナリストの業務
  11. 金融商品の開発業務
  12. 大学教授の研究業務
  13. 公認会計士の業務
  14. 弁護士の業務
  15. 建築士の業務
  16. 不動産鑑定士の業務
  17. 弁理士の業務
  18. 税理士の業務
  19. 中小企業診断士の業務
  20. M&Aアドバイザリー業務(2024年4月追加)

企画業務型裁量労働制

企画業務型は、事業の運営に関する企画・立案・調査・分析の業務を対象としています。ただし、対象となるのは「事業の運営に関する事項」についての業務であり、本社や本店など企業の中枢部門で働く労働者に限定されます。また、対象労働者の職務や権限、責任が具体的に定められている必要があります。

2024年4月の法改正――何が変わったのか

長時間労働の常態化や不適切な運用が問題視されてきた裁量労働制は、2024年4月に大幅な見直しが行われました。

改正の背景

厚生労働省が実施した「裁量労働制実態調査」(2021年6月発表)によると、裁量労働制適用労働者の1ヶ月の平均労働時間は171時間36分(1日平均8時間44分)で、非適用事業場の平均169時間21分(1日平均8時間25分)より長くなっていました。

また、一部企業では営業職や事務職など、適用職種とは異なる従業員にも裁量労働制を適用し、残業代を削減しているケースが報告されていました。

主な改正内容

【専門業務型・企画業務型共通】

1. 健康・福祉確保措置の強化 以下の措置から、それぞれ1つ以上の実施が義務付けられました:

事業場の対象労働者全員を対象とする措置:

  • 勤務間インターバル制度の導入(11時間以上が推奨)
  • 深夜業の回数制限(月4回以内が望ましい)
  • 労働時間の上限措置
  • 年次有給休暇のまとまった取得促進

個々の労働者の状況に応じた措置:

  • 医師による面接指導
  • 代償休日または特別な休暇の付与
  • 健康診断の実施
  • 連続休暇の取得促進
  • 配置転換など

【専門業務型固有の改正】

2. 本人同意の義務化 これまで企画業務型のみに求められていた「本人同意」が、専門業務型でも必須となりました。労働者が同意しない場合や同意を撤回した場合、不利益な取り扱いをすることは禁止されています。

3. M&Aアドバイザリー業務の追加 約20年ぶりに対象業務が追加されました。

【企画業務型固有の改正】

4. 定期報告の頻度変更 従来は6ヶ月ごとに1回だった労働基準監督署への定期報告が、初回は6ヶ月以内、2回目以降は1年以内ごとに1回へと変更されました。

5. 労使委員会の実効性強化 労使委員会で賃金・評価制度の変更内容を説明することや、6ヶ月以内ごとに1回の開催、制度の実施状況の把握と運用改善が義務化されました。

裁量労働制のメリット

企業側のメリット

1. 労務管理の負担軽減 みなし労働時間が適用されるため、労働時間を厳密に管理する必要がありません。

2. 人件費の予測可能性 みなし労働時間に基づく賃金体系により、人件費を予測しやすくなります。

3. 人材の定着 自由な働き方が認められることで、労働者の満足度が高まり、人材の定着につながることが期待されます。

4. 優秀な人材の獲得 特に「ジョブ型雇用」との相性が良く、入社年次に縛られない評価制度と組み合わせることで、優秀な人材の獲得につながる可能性があります。

労働者側のメリット

1. 時間の自由度が高い 始業・終業時刻を自分で決められるため、ライフスタイルに合わせた働き方が可能です。

2. 成果による評価 労働時間ではなく成果で評価されるため、効率的に働いて成果を上げれば、短時間で業務を終えることもできます。

3. 仕事の進め方の裁量 業務の進め方や時間配分を自分で決められるため、創造性を発揮しやすい環境で働けます。

4. 通勤ラッシュの回避 出勤時間を自由に設定できるため、通勤ラッシュを避けることができます。

裁量労働制のデメリット・問題点

企業側のデメリット

1. 業務の進捗管理が困難 具体的な指示ができないため、業務の進捗状況を把握しにくくなります。

2. 導入・運用の手続きが煩雑 労使協定の締結や労働基準監督署への届出、定期報告など、手続きが複雑です。

3. 適用対象者の管理 本人同意の取得や撤回への対応、同意しない労働者への配置・処遇の検討など、個別管理が必要になります。

4. 健康管理措置の義務 労働時間の把握と健康確保措置の実施が義務付けられ、労務管理の負担が増加しています。

労働者側のデメリット

1. 長時間労働のリスク みなし労働時間を超えて働いても残業代が支払われないため、長時間労働に陥りやすいという問題があります。実際、裁量労働制適用者の平均労働時間は非適用者より長いというデータもあります。

2. 残業代が原則として出ない みなし労働時間内の労働に対しては、実際の労働時間に関係なく一定の賃金しか支払われません。

3. 業務量とのミスマッチ みなし労働時間では到底完了できない業務量を与えられた場合、過重労働につながるリスクがあります。

4. 成果を出せないと不利 成果が出なければ長時間労働になるばかりか、評価も下がる可能性があります。

導入事例と現状

導入率の実態

厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、専門業務型裁量労働制の導入率は2.1%(適用労働者の割合は1.1%)、企画業務型裁量労働制の導入率は0.4%(適用労働者の割合は0.2%)と、非常に低い水準にとどまっています。

導入率が低い理由として、以下が挙げられます:

  • 対象業務が限定されている
  • 導入手続きが煩雑(特に企画業務型)
  • 労働者の理解を得ることが難しい
  • 「働かせ放題」というネガティブなイメージ

導入に適した企業

裁量労働制の導入が適している企業の特徴:

  • 研究開発やクリエイティブ業務など、対象業務を行っている
  • 成果主義の評価制度が整備されている
  • 労働時間管理よりも成果で評価する文化がある
  • リモートワークなど柔軟な働き方を推進している
  • 労使間のコミュニケーションが良好

残業代と休日・深夜労働の扱い

残業代の考え方

裁量労働制では、みなし労働時間が法定労働時間(1日8時間)以内であれば、原則として残業代は発生しません。ただし、以下の場合は例外的に割増賃金の支払いが必要です:

1. みなし労働時間が法定労働時間を超える場合 例えば、みなし労働時間を9時間と設定した場合、1時間分の時間外労働に対する割増賃金が必要です。

2. 休日労働 法定休日に労働した場合、その時間に対して休日割増賃金(35%以上)の支払いが必要です。

3. 深夜労働 22時から5時までの深夜時間帯に労働した場合、深夜割増賃金(25%以上)の支払いが必要です。

他の労働制度との違い

フレックスタイム制との違い

フレックスタイム制は、一定期間内の総労働時間の範囲で、労働者が日々の始業・終業時刻を決められる制度です。

主な違い:

  • フレックスタイム制:実際の労働時間に応じて賃金が支払われる
  • 裁量労働制:みなし労働時間に基づいて賃金が支払われる
  • フレックスタイム制:コアタイムの設定が可能
  • 裁量労働制:コアタイムの概念はない

高度プロフェッショナル制度との違い

高度プロフェッショナル制度は、年収1,075万円以上の高度専門職を対象に、労働時間規制を適用除外とする制度です。

主な違い:

  • 年収要件:高度プロフェッショナル制度には年収要件がある
  • 労働時間規制:高度プロフェッショナル制度では時間外・休日・深夜の割増賃金が不要
  • 対象範囲:裁量労働制の方が対象が広い

今後の課題

1. 長時間労働の防止

2024年改正で健康・福祉確保措置が強化されましたが、実効性のある運用が課題です。勤務間インターバルや深夜業の回数制限を適切に設定し、実労働時間を適正に把握する仕組みが必要です。

2. 本人同意の実質化

本人同意が義務化されましたが、形式的な同意取得にならないよう、制度の内容や賃金・評価制度について十分な説明を行い、労働者が納得した上で同意できる環境を整える必要があります。

3. 適用業務の適正化

対象業務以外への不適切な適用を防ぐため、業務内容の精査と定期的な見直しが必要です。また、労働者が本当に裁量を持って働いているかを判定する仕組みも検討されるべきでしょう。

4. みなし労働時間の適正化

みなし労働時間が実態と大きく乖離していると、労働者の不満が募ります。残業代削減のための制度ではなく、対象労働者の実際の働き方を反映した適切な時間設定が求められます。

5. 労使コミュニケーションの充実

企画業務型では労使委員会の実効性が重要です。形式的な開催ではなく、実際の運用状況を検証し、問題があれば改善につなげる建設的な議論が必要です。

6. デジタルツールの活用

労働時間の適正な把握と健康管理のため、クラウド型勤怠管理システムなどのデジタルツールの活用が推奨されます。場所や時間を問わず勤怠記録ができる環境を整備することで、適切な労務管理が可能になります。

おわりに

裁量労働制は、専門性の高い業務や企画業務において、労働者に時間配分の裁量を与えることで生産性を高めることを目的とした制度です。自由度の高い働き方を実現できるメリットがある一方、長時間労働や不適切な運用といった問題も指摘されてきました。

2024年4月の法改正では、本人同意の義務化や健康・福祉確保措置の強化など、労働者保護の観点から大幅な見直しが行われました。これにより、制度の適正な運用が期待される一方で、企業側の事務負担は増加しています。

裁量労働制を導入・運用する企業は、制度の趣旨を正しく理解し、労働者の健康確保を最優先に考えながら、適切な労務管理を行うことが重要です。また、労働者側も、制度の内容を十分に理解した上で、自己管理能力を発揮しながら働くことが求められます。

働き方が多様化する現代において、裁量労働制は重要な選択肢の一つです。しかし、それは決して「働かせ放題」の制度ではなく、労使双方が適切に運用してこそ、真の意味で生産性向上とワークライフバランスの両立につながる制度といえるでしょう。

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