選挙カーはなぜうるさいのか?「名前の連呼」に意味はあるのか

選挙

選挙の時期になると、必ず話題に上がるのが「選挙カーがうるさい」という苦情です。SNSを見ても「名前を叫ぶだけで政策が分からない」「騒音でしかない」「逆効果ではないか」といった批判的な声が溢れます。確かに、早朝から夕方まで候補者の名前を連呼する選挙カーに辟易している人は少なくないでしょう。

では、なぜ候補者たちは批判を浴びながらも選挙カーを走らせ続けるのでしょうか。本当に「意味がない」のでしょうか。今回は選挙カーの実態と、その背景にある選挙戦略について考えてみたいと思います。

選挙カーは公職選挙法で認められた選挙運動

まず押さえておきたいのは、選挙カーによる街宣活動は公職選挙法で正式に認められた選挙運動の手段だということです。公職選挙法第141条では、選挙運動用自動車の使用が規定されており、候補者は一定台数の選挙カーを使用することができます。

使用時間についても制限があり、午前8時から午後8時までと定められています。つまり、早朝や夜間に選挙カーが走っているとすれば、それは違反行為ということになります。

また、学校や病院の周辺では静穏を保つよう努めなければならないとされており、一定の配慮も求められています。ただし、この「努めなければならない」という表現からも分かるように、強制力は弱く、実際には守られていないケースも多いのが実情です。

なぜ「名前の連呼」なのか

最も批判が集まるのが「名前を連呼するだけで政策を語らない」という点です。しかし、これには明確な理由があります。

認知度の向上が最優先

選挙において最も重要なのは、有権者に候補者の名前を覚えてもらうことです。特に地方選挙や新人候補の場合、知名度がゼロからのスタートとなります。投票所で「聞いたことがある名前」と「全く知らない名前」があれば、前者が選ばれる可能性は格段に高まります。

選挙カーから政策を詳しく語っても、走行中の車からの音声を完全に聞き取れる人は限られています。それよりも、シンプルに名前を繰り返し刷り込むことで「この人は選挙に出ているんだな」という認識を持ってもらうことの方が、実は効果的なのです。

単純接触効果の活用

心理学では「単純接触効果」(ザイオンス効果)として知られる現象があります。これは、繰り返し接触することで好感度や評価が高まるという心理効果です。選挙カーによる名前の連呼は、まさにこの効果を狙ったものといえます。

たとえ内容が無くても、何度も名前を聞くことで親近感が生まれ、投票行動に影響を与える可能性があるのです。

選挙カーは本当に効果があるのか

では、実際に選挙カーは効果があるのでしょうか。これについては賛否両論があります。

肯定的な見方

選挙プランナーや当選経験のある政治家の多くは、選挙カーの効果を認めています。特に以下のような効果が指摘されています。

高齢者層へのアプローチ:インターネットをあまり使わない高齢者層にとって、選挙カーは候補者を知る貴重な機会となります。地方や住宅街では、選挙カーの音を聞いて窓から覗く高齢者も少なくありません。

陣営の士気向上:選挙カーに乗って活動することは、候補者本人だけでなく、支援者や陣営全体の士気を高める効果があります。「動いている感」が選挙戦のモチベーション維持に繋がるのです。

視覚的な存在感:音だけでなく、選挙カーそのものが視覚的に候補者の存在をアピールします。ポスターと同様、「この地域で選挙に出ている人がいる」という情報を伝えられます。

否定的な見方

一方で、選挙カーの効果を疑問視する声も根強くあります。

若年層には逆効果:SNSに慣れ親しんだ若い世代にとって、選挙カーはむしろ騒音としか映らず、候補者へのイメージを悪化させる可能性があります。実際、「選挙カーがうるさいから絶対に投票しない」という声もSNS上で散見されます。

費用対効果の問題:選挙カーの運用には、車両のレンタル費用、ガソリン代、運転手の人件費など、相当なコストがかかります。そのコストに見合った効果があるのかは疑問視されています。

時代遅れの手法:インターネットやSNSが発達した現代において、アナログな手法である選挙カーは時代遅れではないかという指摘もあります。

世界の選挙運動と比較すると

興味深いことに、選挙カーによる名前の連呼は日本特有の文化といえます。

欧米の多くの国では、選挙カーを使った街宣活動自体がほとんど見られません。代わりに、テレビ討論会、戸別訪問、集会での演説など、政策を直接伝える手段が中心となっています。

日本で選挙カーが主流となった背景には、公職選挙法による厳しい選挙運動の制限があります。戸別訪問は禁止され、インターネット利用も長らく制限されてきました(2013年に一部解禁)。限られた手段の中で、選挙カーが重要な位置を占めるようになったのです。

変化の兆しも

近年、選挙カーのあり方を見直す動きも出てきています。

一部の候補者は「静かな選挙」を掲げ、選挙カーを使わない、あるいは音量を抑えた選挙運動を展開しています。代わりにSNSでの発信やオンライン討論会などに注力するケースも増えています。

また、自治体によっては選挙カーの音量について具体的なガイドラインを示すところも現れています。騒音計で測定して基準値を超えないよう指導するなど、一定の配慮が求められるようになってきました。

まとめ:選挙カーの今後

選挙カーがうるさいという批判は正当なものです。名前を連呼するだけでは政策が分からないという指摘ももっともです。しかし、現行の公職選挙法の枠組みの中で、特に知名度の低い候補者にとって、選挙カーは依然として重要な選挙運動の手段となっています。

問題は、選挙カーそのものというよりも、他の効果的な選挙運動手段が制限されている日本の選挙制度にあるのかもしれません。戸別訪問の解禁やインターネット利用のさらなる自由化など、選挙運動の選択肢が増えれば、候補者も選挙カー以外の手段を選びやすくなるでしょう。

同時に、有権者側も「うるさい」と文句を言うだけでなく、候補者の政策をウェブサイトやSNSで積極的に調べる姿勢が求められます。選挙カーに頼らざるを得ない状況を変えるためには、制度改革と有権者の意識変化の両方が必要なのです。

選挙のたびに繰り返される「選挙カー論争」。その背景には、日本の選挙制度が抱える構造的な課題が潜んでいるのです。

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