2025年7月20日の参議院選挙で、「日本人ファースト」を掲げる参政党が大躍進を遂げた。改選1議席から最大22議席へと議席を20倍以上に伸ばし、連立与党は過半数を失う結果となった。この「日本人ファースト」というスローガンは、日本社会に何をもたらしたのか。その本質と影響を考察する。
参政党の大躍進――選挙を席巻した「日本人ファースト」
参政党が掲げた選挙公約の中核は「日本人ファースト」だった。具体的には、減税と保険料の見直し、「行き過ぎた外国人受け入れ」への反対、外国人による土地・不動産購入への厳格な制限などを訴えた。
東京新聞が選挙期間中に参政党支持者100人に取材したところ、支持の決め手として「日本人ファースト」を挙げた人が最多の54人だった。「日本人のための国をつくろうと当たり前のことを言っている」(50代男性)、「日本人ファーストを言ってくれるのは参政党だけ」(30代男性)といった声が聞かれた。
「日本人ファースト」の本質――排外主義か正当な主張か
参政党の神谷宗幣代表(47)は、選挙後のインタビューで「日本人ファーストというフレーズは、グローバリズムに抵抗して日本人の生活を再建することを意味する。外国人を入国禁止にすべきだと言っているわけではない」と説明した。
しかし、大阪公立大学の明戸隆浩准教授(多文化社会論)は、「実際には外国人も税金や保険料を支払っているが、『負担していないのでは』という漠然としたイメージを利用している」と指摘。これは「外国人らを排除して福祉の充実を訴える『福祉排外主義』だ」と批判する。
『週刊金曜日』の石橋学記者は、「外国人を『セカンド』という劣位に置き、命に序列を作る差別・排外主義を隠すことなく前面に押し出している」と厳しく評価している。
神谷代表の発言の二転三転――「選挙のキャッチコピーだから」
より問題視されたのは、神谷代表の発言の変遷である。
7月14日、高知市内で記者団から「日本人ファーストは差別や排外主義をあおるものでは」と問われた神谷氏は、「選挙のキャッチコピーだから、選挙の間だけなので、終わったらそんなことで差別を助長するようなことはしない」と答えた。
この発言は、「日本人ファースト」が差別の助長につながることを自ら認めたものとして炎上。日本共産党の山添拓政策委員長は「差別の助長と認めていること自体酷いが、選挙が終わればすべてリセットという不誠実さも、有権者をこけにするもの」と批判した。
慌てた神谷氏は7月16日、Xで「もちろん選挙が終わった後も『日本人ファースト』の方針や公約は変えずに活動する」と前言を撤回したが、発言の二転三転はさらなる批判を招いた。
なぜ今「日本人ファースト」なのか――4つの背景
1. 失われた30年と鬱々とした感情
日本総合研究所の田中均特別顧問は、「1990年代初めのバブル崩壊以降、失われた30年の時代を過ごし、日本人は鬱々とした感情を持つようになった」と分析する。経済的停滞が人々の心に暗い影を落としているのだ。
2. 物価高と生活苦――スケープゴートとしての外国人
国際基督教大学の橋本直子准教授は、「物価高・インフレ、円安、賃金伸び悩み、格差拡大などにより、人々の不満・不安が高まっている」と指摘。「参政党の『日本人ファースト』は、『外国人が優遇されているから自分の生活が良くならない』という虚構メッセージを発し、外国人という都合の良い責任転嫁先を提供した」と分析する。
3. SNSによる情報拡散
参政党は新型コロナのパンデミック中にYouTubeで誕生し、SNSを通じて効果的に支持を広げた。田中氏は「伝播力が圧倒的に強いSNSを通じて、こうした主張が瞬く間に拡散された」と指摘する。
4. トランプ現象の影響
田中氏は、トランプ米大統領の「アメリカ・ファースト」の影響も指摘。米ジャパン・ソサエティのジョシュア・ウォーカー理事長も「参政党はトランプ米政権や欧米の極右と軌を一にしている」と述べている。
「日本人ファースト」への批判と警告
参政党の街頭演説には、「人間にファーストもセカンドもない」「日本人ファーストは差別の扇動です」といったプラカードを持った抗議者も集まった。
田中均氏は「『日本人ファースト』は日本の未来に危険な発想」と警告。「偏狭な排外主義は日本の国益にはならない」と述べている。
橋本直子准教授は、「向き合うべきは外国人ではなく日本自身である」「外国人との共生とは、日本人自身が日本のルール・規範・文化・伝統を再確認し、言語化していくプロセスに他ならない」と指摘する。
外国人は本当に「優遇」されているのか?
東京新聞の記事タイトルは核心を突いている:「『既に現状が日本人ファースト』なのに…」
実際、日本の外国人政策は以下のような特徴がある:
- 永住外国人にも地方参政権は認められていない
- 外国人も日本人と同様に税金・保険料を負担している
- 就労可能な在留資格は限定的
- 日本国籍取得のハードルは高い
つまり、「外国人が優遇されている」という主張は、事実に基づかないデマなのである。
政府の対応――石破政権の苦悩
参政党の躍進を受け、石破首相は7月15日、内閣官房に「外国人との共生社会推進室」を発足させた。
さらに注目すべきは、自民党自身も極右票をつなぎとめようと「違法外国人ゼロ」を掲げたことである。石橋学記者は、「外国人を『違法』という言葉でくくり、『国民の安心と安全』を脅かす存在に仕立てあげている」と批判する。
つまり、参政党だけでなく、既成政党である自民党までもが排外主義的なレトリックに傾斜していることが問題なのだ。
「日本人ファースト」が映し出す日本社会
参政党の躍進が示しているのは、日本社会に深刻な経済的不安と社会的分断が存在するという現実である。実質賃金の低下、物価高による生活苦、社会保険料の負担増、将来への不安、格差の拡大――こうした問題に対する有効な解決策を示せない既成政党への不満が、「日本人ファースト」という単純明快なスローガンに人々を引き寄せたのだ。
橋本准教授の指摘は、より本質的な問題を突いている。「具体的にどのルール・規範・文化・伝統を外国人にも尊重してもらいたいのか徹底的に突き詰め、それらを日常的に自らわかりやすく言語化し周囲の外国人に説明する、つまり対話力を磨く必要がある」
つまり、「日本人ファースト」という主張の背後には、自分たちが大切にしたいものを明確に言語化できない日本人の弱さがあるというのだ。漠然とした不安や不満を「外国人のせい」にすることで、自分たちが本当に向き合うべき問題から目をそらしているのではないか。
まとめ――「日本人ファースト」とは何だったのか
2025年参院選で躍進した参政党の「日本人ファースト」とは、一体何だったのか。
それは、経済的不安のスケープゴートとして外国人を利用した虚構のメッセージであり、「外国人を出て行かせろ」とは言わずに制度から締め出す「福祉排外主義」であり、SNSを通じて拡散された選挙戦術としてのポピュリズムだった。
神谷代表が「選挙のキャッチコピーだから」と述べたように、これは本質的な政策というより、選挙戦術として排外主義的な感情に訴えかけるものだったのだ。
しかし、より深刻なのは、この主張が一定の支持を集めたという事実である。それは、日本社会に深刻な経済的不安と社会的分断が存在し、人々が既成政党に失望していることを示している。
田中均氏の警告――「偏狭な排外主義は日本の国益にはならない」――を、私たちは真剣に受け止める必要がある。橋本氏が述べたように、「向き合うべきは外国人ではなく日本自身である」。
「日本人ファースト」という排外主義的なスローガンに安易に飛びつくのではなく、私たち自身が大切にしたい価値観を明確に言語化し、多様な人々との対話を通じて社会を築いていく――そのような成熟した民主主義社会を目指すことこそが、真の意味での「日本のための政治」ではないだろうか。

