静岡県伊東市の市長選挙が2024年12月14日に投開票され、元市議の杉本憲也氏(43)が初当選を果たしました。学歴詐称疑惑で混乱した半年間の「田久保劇場」に幕が下り、伊東市政は新たな局面を迎えることになります。過去最多9人が立候補するという異例の選挙となったこの市長選について、経緯と争点、そして今後の展望を整理します。
市長選に至った経緯―学歴詐称問題の深刻化
この出直し市長選の発端は、2024年5月に初当選した田久保真紀氏の学歴詐称疑惑でした。田久保氏は市の広報誌などで最終学歴を「東洋大学法学部卒業」と記載していましたが、実際には除籍されていたことが判明しました。
問題が深刻化したのは、その後の対応でした。6月には議会関係者に卒業証書とされる書類を提示しましたが、その時間はわずか「19.2秒」で、複写も拒否したことから疑惑はさらに深まりました。東洋大学側が「卒業していない者に証書を発行することはない」と声明を発表し、市議会の百条委員会も虚偽認定を下したにもかかわらず、田久保氏は「私の中では本物」「弁護士の金庫にある」と主張し続けました。
事態は複雑な展開をたどります。7月には一度辞職を表明しながら突如撤回し続投を宣言。9月には市議会から不信任決議を可決されると、今度は市議会を解散しました。10月の市議選では不信任に賛成する議員が19人当選し、新たな市議会も再び不信任決議を可決。これにより田久保氏は自動失職しました。
その後、田久保氏は11月に出直し市長選への立候補を表明し、学歴を「伊東城ヶ崎高校卒業」と修正して臨みましたが、学歴問題についての説明責任は最後まで果たされませんでした。
選挙の構図と争点
今回の市長選には過去最多となる9人が立候補しました。主な候補者は、元市議の杉本憲也氏(43・国民民主党推薦)、元市長の小野達也氏(62・自民党推薦)、そして前市長の田久保真紀氏(55)でした。
9人の乱立により、誰も法定得票数(有効投票総数の4分の1)に達せず再選挙になる可能性も指摘されていました。静岡県知事も「1回で結果が出るのが望ましい」と懸念を示すほどでした。
選挙戦の最大の争点は、学歴問題対応の是非と市政の立て直しでした。約半年にわたる混乱で市政は停滞し、新たな政策決定ができない状態が続いていました。
政党の支持動向も注目されました。自民党は元市長の小野氏を推薦し、保守層の結束を図りました。国民民主党は杉本氏を推薦し、連合静岡も支援。立憲民主党の一部議員も杉本氏支援に回りました。前回田久保氏を支援した共産党は今回「自主投票」となり、各党の対応は前回から大きく変化しました。
田久保氏は選挙戦でメガソーラー計画の阻止などを訴えましたが、学歴問題には触れず、ZARDの「負けないで」を熱唱する動画をSNSで発信するなど、独特の選挙戦を展開しました。
選挙結果と新市長の誕生
投開票の結果、杉本憲也氏が1万3522票を獲得して初当選を果たしました。自民党推薦の小野達也氏が1万962票で2位、田久保真紀氏は4131票で3位にとどまりました。投票率は60.54%で、5月の前回選を10.89ポイント上回りました。
杉本氏は伊東市出身の43歳で、伊東市で最年少の市長となります。元JAふじ伊豆職員を経て、市議を2期約6年間務めた経歴を持ち、現在は行政書士として活動していました。立命館大学法学部を卒業し、愛知大学法科大学院も修了しています。
当選後、杉本氏は「9人が立候補し、再選挙になるのではないかと噂された中で、なんとか1回で決めようと必死で走り回った」と選挙戦を振り返り、「止まってしまった市政をまず進める。これに尽きる」と抱負を語りました。
新市長の政策と伊東市の課題
杉本氏は選挙戦で「実現可能な政策」を掲げ、現役世代の負担軽減を主張しました。具体的な公約として以下を挙げています。
学校給食費の無償化継続は、子育て世代の経済的負担を軽減する施策です。田久保前市政で始まった政策を継続する方針を示しています。
学生の通学費支援や高齢者のバス旅行補助金など、世代を問わない支援策も打ち出しています。
市政の正常化を最優先課題としており、「決めるべき市長がいない中で新しいことがまったくできなかった」状況からの脱却を目指します。
杉本氏は行政書士としての法律知識と市議としての経験を前面に押し出し、若さと実務能力をアピールしました。国民民主党の榛葉賀津也幹事長が応援に駆けつけるなど、国政レベルの支援も得ました。
これからの伊東市
伊東市は観光都市として知られる一方で、少子高齢化や地域活性化など多くの課題を抱えています。約半年にわたる政治的混乱により、これらの課題への対応が遅れていました。
杉本新市長には、まず市政の信頼回復が求められます。学歴問題で失われた行政への信頼を取り戻し、市民が安心して暮らせる環境を整備することが第一歩となるでしょう。
また、停滞していた政策決定を前に進める必要があります。メガソーラー問題、図書館再整備、観光振興策など、先送りされてきた課題に速やかに取り組むことが期待されています。
市議会との関係構築も重要です。10月の市議選で選ばれた新しい市議会との協調関係を築き、建設的な議論を通じて市政を進めることが求められます。
杉本氏は当選後、「変わらないと言われた伊東を、これから先は必ず皆さんと一緒に変える、進める」と決意を述べました。43歳という若さを生かし、現役世代の視点を取り入れた市政運営が期待されます。
おわりに
約半年にわたる「田久保劇場」は、地方自治における説明責任の重要性を改めて示しました。学歴詐称という問題が、なぜここまで深刻化したのか。それは田久保氏が疑惑に対して真摯に向き合わず、説明責任を果たさなかったためです。
「タクボる」という新語が使われ、「卒業証書19.2秒」が新語・流行語大賞にノミネートされるなど、この騒動は全国的な注目を集めました。しかし、伊東市民にとっては笑いごとではなく、市政の停滞という実害をもたらしました。
今回の選挙で、市民は「説明責任を果たさないリーダー」を明確に否定しました。田久保氏の得票が杉本氏の3分の1以下だったことは、市民の厳しい判断を示しています。
杉本新市長には、透明性の高い市政運営と、市民に寄り添った政策実行が期待されています。伊東市が混乱から立ち直り、観光都市としての魅力を高めながら、市民の生活の質を向上させていけるか。新たなスタートを切った伊東市政の今後に注目が集まります。

