富裕層・超富裕層への課税強化が本格化

制度

はじめに

2025年から日本で「ミニマムタックス」(極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置)が導入され、超富裕層への課税強化が始まりました。さらに2026年度税制改正では、この制度の対象範囲を大幅に拡大する方向で調整が進んでいます。本記事では、富裕層課税強化の背景と仕組み、諸外国の状況、そして今後の日本の税制がどう変わっていくのかを詳しく解説します。

1. 富裕層課税強化の概要

2025年から始まったミニマムタックス

2025年1月1日以降の所得から適用されるミニマムタックスは、令和5年度税制改正大綱に盛り込まれた制度です。この制度は、基準所得金額から3億3,000万円を控除した金額に22.5%の税率を乗じた額が、通常の所得税額を上回る場合に、その差額を追加で納税する仕組みとなっています。

当初の対象者は年間所得約30億円以上とされ、全国で200~300人程度、税収は年間300~600億円程度と見込まれていました。しかし、所得の構成によって対象となる水準は異なり、金融所得のみの場合は年間所得10億円程度から対象になる可能性があります。

2027年から適用予定の強化策

2026年度税制改正では、さらなる課税強化が検討されています。政府・与党は、追加課税の対象となる総所得の基準を現行の30億円超から6億円超に引き下げ、適用税率も22.5%から30%に引き上げる方向で調整を進めています。特別控除額も3億3,000万円から1億6,500万円に縮小される見込みです。

この見直しにより、追加課税の対象者は現行の200~300人から約2,000人程度に拡大すると試算されています。2027年分の所得から適用され、2028年の確定申告から実際に課税される予定です。

2. なぜ課税強化が必要なのか

「1億円の壁」問題

富裕層課税強化の最大の理由は、「1億円の壁」と呼ばれる税負担率の逆転現象です。日本の所得税は累進課税制度を採用しており、所得が増えるほど税率が上がる仕組みになっています。給与所得に対する最高税率は住民税を含めて55%に達します。

一方、株式譲渡益や配当などの金融所得に対する税率は、金額にかかわらず一律約20%(所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)です。このため、所得が1億円を超えると、金融所得の割合が増加するにつれて、実効税負担率がむしろ低下していきます。

国税庁のデータによると、所得税負担率は所得5,000万~1億円の層で25.9%とピークに達し、その後は下降。100億円超の富裕層では16.2%にまで低下し、年収1,500万~2,000万円層(17.2%)よりも低くなっています。この構造的な不公平を是正することが、課税強化の主な目的です。

財政健全化と財源確保

今回の課税強化には、財源確保という現実的な理由もあります。2024年11月、与野党6党はガソリン税などの暫定税率廃止で合意しましたが、これにより国と地方の税収は年間1.5兆円規模で減少すると試算されています。超富裕層への課税強化は、この減収を補填する財源の柱として位置づけられています。

格差拡大への対応

野村総合研究所の調査によると、日本の富裕層・超富裕層は合計約165万世帯、純金融資産の総額は約469兆円に達しています。経済格差の拡大が社会問題化する中、税制を通じた富の再分配機能を強化する必要性が指摘されています。

3. 諸外国の富裕層課税の状況

主要国の金融所得課税

「1億円の壁」に相当する現象は日本だけでなく、欧米の主要国でも見られます。金融所得に対する課税方式は国によって異なりますが、多くの国で給与所得より低い税率が適用されています。

アメリカでは、1年以上保有した株式の長期キャピタルゲインに対して0%・15%・20%の3段階の優遇税率が適用されます。高所得者には追加で3.8%の純投資所得税が課されますが、それでも給与所得の最高税率37%と比べれば低い水準です。

イギリスでは株式譲渡益に対して10%または20%の税率が適用され、所得税の最高税率45%と比べて大幅に低くなっています。

ドイツでは金融所得に対して一律26.375%(連帯付加税を含む)で課税されます。

フランスでは分離課税(12.8%)と総合課税の選択制ですが、分離課税を選んでも社会保障関連諸税17.2%が加わり、実質的な負担率は30%となります。

一方、シンガポール香港ではキャピタルゲイン税が非課税であり、アジアの主要金融センターでは課税が軽い傾向にあります。

富裕税の国際動向

資産そのものに課税する「富裕税」については、かつて欧州の10カ国以上で導入されていましたが、1990年代以降、多くの国で廃止されました。資本の国外逃避や頭脳流出、税務執行の困難さなどが主な理由です。現在、恒常的に富裕税を課税しているのはフランス(不動産富裕税に移行)、ノルウェー、スイスなど少数の国に限られています。

日本でも1950年に富裕税が導入されましたが、わずか3年で廃止されています。資産の包括的把握が困難であることや徴税コストの問題がその理由でした。

G20での国際的議論

2024年、G20議長国のブラジルが超富裕層への国際課税を提唱し、世界的な注目を集めました。フランスの経済学者ガブリエル・ズックマン氏らの研究に基づき、世界の資産10億ドル(約1,500億円)超の超富裕層に資産評価額の2%を課税するという提案です。

2024年7月のG20財務相・中央銀行総裁会議では、超富裕層への課税強化やデジタル課税の推進を盛り込んだ「国際租税協力に関するG20閣僚リオデジャネイロ宣言」が採択されました。これはG20で税に関する閣僚文書をまとめた初めての事例です。11月の首脳会合でも、超富裕層の個人が効果的に課税されることを確保するために協力するとの方針が示されました。

ただし、具体的な国際課税の枠組みについては各国の意見が分かれており、米国の反対などもあって実現へのハードルは高いままです。トランプ政権の復帰も国際協調に逆風となる可能性が指摘されています。

4. 今後の日本の税制

金融所得課税の見直し議論

ミニマムタックスの強化は、金融所得課税強化の大きな流れの始まりに過ぎないとの見方があります。現行の金融所得課税(約20%)の税率引き上げ議論は根強く残っており、今後さらなる見直しが行われる可能性があります。

各政党の立場も分かれています。自民党・公明党は超富裕層への課税強化を支持。立憲民主党は超過累進税率の導入と総合課税化を目指しています。一方、日本維新の会はフラットタックスを志向し増税には反対の立場です。

NISAへの影響は限定的

重要な点として、今回の課税強化はあくまで超富裕層を対象としており、一般の投資家への影響は限定的です。新NISAによる非課税枠(上限1,800万円)は除外されており、「貯蓄から投資へ」という政策方針に変更はありません。むしろ、2024年から始まった新NISAの利用は順調に拡大しており、中間層の資産形成を後押しする姿勢は維持されています。

富裕層の対応策

課税強化に対して、富裕層が取りうる合法的な対応策としては、株式譲渡や不動産売却の時期を年度で分散する方法、エンジェル税制を活用したスタートアップへの投資、NISA枠の活用などが挙げられます。ただし、租税回避を目的とした海外移住については、現地での課税や国際的な情報共有の進展により、効果が限定的になりつつあります。

まとめ

富裕層・超富裕層への課税強化は、税負担の公平性を確保し、格差を是正するための世界的な潮流となっています。日本でも2025年からミニマムタックスが導入され、2027年からはさらに対象範囲が拡大される見込みです。

「1億円の壁」と呼ばれる税負担率の逆転現象を是正することは、税制の垂直的公平性を回復する上で重要な課題です。一方で、過度な課税強化は資本や人材の流出を招く恐れもあり、経済成長とのバランスを取ることが求められます。

G20での国際的な議論も進展しており、グローバルな富裕層課税の枠組み構築に向けた動きは今後も続くでしょう。日本の税制がどのように変化していくか、引き続き注視が必要です。

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