2025年12月23日、政府は初めてとなる「AI基本計画」を閣議決定しました。高市早苗首相は「今こそ反転攻勢の時」と宣言し、5年間で1兆円規模の支援を打ち出しました。しかし、米国や中国との投資額の差は歴然としており、小野田紀美AI戦略担当相が「まだまだ戦っていける」と強調する一方で、真っ向勝負では到底太刀打ちできないという厳しい現実が浮き彫りになっています。
AI基本計画とは何か
今回閣議決定されたAI基本計画は、2025年5月に成立したAI法に基づき策定された、日本で初めての包括的なAI政策です。「世界で最もAIを開発・活用しやすい国を目指す」との目標を掲げ、以下の4つの基本方針を打ち出しました。
- 利活用の加速的推進
- 開発力の戦略的強化
- 信頼性の向上
- 社会の継続的変革
計画の中核となるのは、日本が強みを持つ「フィジカルAI」(ロボット技術とAIの融合)への重点投資です。ものづくりの現場で磨き上げた高精度の制御データや、カメラなどのセンサー、滑らかな駆動につながる機械加工など、日本企業が存在感を発揮しやすい分野に注力します。
また、「信頼できるAI」を日本の独自価値として打ち出し、AIの安全性や利用の適正化を重視する姿勢を示しています。
米中との投資額の絶望的な差
しかし、1兆円という数字は、一見大きく見えても、グローバルな競争の中では極めて小さいのが現実です。
民間投資の圧倒的な差
スタンフォード大学の「AI Index Report」によれば、2023年の日本の民間AI投資額は約7億ドル(約1,050億円)。これに対し、米国は約672億ドル(約10兆800億円)、中国は約78億ドル(約1兆1,700億円)です。日本は米国の約100分の1、中国の約10分の1という水準です。
さらに深刻なのは、英国(約38億ドル)や韓国(約14億ドル)にも大きく水をあけられていることです。2024年には約9億ドルへと増加したものの、米国は約1,091億ドル(約16兆3,650億円)に達し、差はさらに拡大。日本は世界12位から14位へと後退しました。
米国企業の桁違いの投資
米国のテック大手3社(マイクロソフト、アマゾン、グーグル)だけで、2025年の設備投資は2,500億ドル(約37兆5,000億円)を超える見通しです。6社(アルファベット、アマゾン、アップル、メタ、マイクロソフト、エヌビディア)で見れば、3,000億ドル(約45兆円)を超えます。
日本政府の5年間で1兆円という数字は、米国企業のわずか1年分の投資の数十分の一に過ぎないのです。
マイクロソフトはOpenAIへの投資だけで約130億ドル(約1兆9,500億円)、つまり日本の国家戦略全体を上回る金額を単一企業に注ぎ込んでいます。
日本の「勝ち筋」は存在するのか
では、日本に勝算はないのでしょうか。政府や専門家が示す「勝ち筋」は以下のようなものです。
1. フィジカルAIに特化
日本最大の強みは、産業用ロボット分野での圧倒的な存在感です。ファナックや安川電機は世界トップクラスのシェアを誇り、高精度の制御技術やセンサー技術、機械加工技術を持っています。
政府は、これらの「質の高い産業データ」を活用し、AIロボットを始めとしたフィジカルAI分野で独自の地位を確立する戦略を打ち出しました。ただし、ファナックが米半導体大手エヌビディアとの協業を発表したように、日本企業にとっても国産AIにこだわる必要性は薄いのが実情です。
2. 「信頼できるAI」のハブとなる
日本は「広島AIプロセス」を主導し、G7議長国としてグローバルなAIルール形成で中心的役割を果たしてきました。米国のイノベーション重視モデルとEUのリスクベース規制モデルの間で、中立的で信頼できる調整役としての独自の地位を確立しようという戦略です。
AIの安全性を評価し、開発や利用における安全基準を策定する政府機関「AIセーフティ・インスティテュート(AISI)」の人員を現在の約30人から200人体制へと拡充することも決定されました。
3. 政府が率先して活用
政府専用AI「源内」を2026年5月から10万人以上の政府職員が活用できるようにし、最終的には30万人以上が利用する体制を整備します。デジタル庁内ではすでに活用が進んでおり、過去の国会答弁や法制度の議論の調査などで効率化が期待されています。
政府が率先して「使ってみる」「隗より始めよ」で効果を示すことで、社会全体への普及を促す狙いです。
厳しい現実と課題
ロードマップの不在
産経新聞の記事が指摘するように、「政府には、AI開発の流れの中で、日本勢が注力すべき関連産業のロードマップを示すことが求められる」という声があります。1兆円という数字は示されましたが、具体的にどの分野に、いつまでに、どのように投資するのか、明確な工程表は2026年夏までに作成される予定です。
人材とエコシステムの不足
投資額だけでなく、AI人材やスタートアップエコシステムの面でも日本は遅れています。米中のAIスタートアップは時価総額数千億円から数兆円、資金調達は数千億円規模ですが、日本は数十億円から数百億円に留まっています。
デジタル格差への懸念
AIを使いこなせない人との格差が広がる懸念も残ります。政府や企業が率先して活用することで効果を示す必要がありますが、高齢者や中小企業への支援策も不可欠です。
まとめ:「反転攻勢」は可能か
日本のAI基本計画は、「出遅れが年々顕著になっている」という厳しい現実認識から出発し、「反転攻勢」を目指すものです。しかし、米中との投資額の差は文字通り「桁が違う」レベルであり、真っ向勝負では勝ち目はありません。
鍵を握るのは、日本の強みを活かした「ニッチ戦略」です。フィジカルAI、信頼できるAIのハブ、質の高いデータの活用など、日本独自の価値を明確にし、それを実現するための具体的なロードマップと実行力が問われます。
1兆円という数字は、決して十分ではありませんが、まったく意味がないわけでもありません。重要なのは、限られた資源をどこに集中投資し、どう差別化を図るかです。2026年夏に示されるロードマップが、日本のAI戦略の本気度を示す試金石となるでしょう。
「まだまだ戦っていける」という小野田大臣の言葉が、根拠のある自信となるか、それとも希望的観測に終わるか。日本のAI戦略は、まさに正念場を迎えています。

