エプスタイン文書とは何か――350万ページの捜査資料が世界を揺るがしている

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ジェフリー・エプスタインとはどのような人物か

ジェフリー・エプスタインは、アメリカを代表する富豪の一人として政財界に広い人脈を持っていた人物だ。金融業で財を成し、ニューヨーク、フロリダ、カリブ海の私有島「リトル・セント・ジェームズ島」、ニューメキシコ州の「ゾロ牧場」など複数の豪邸を所有していた。

その一方で、エプスタインは未成年の少女への性的虐待と、その斡旋に関わった疑惑を長年にわたって持たれ続けてきた人物でもある。富裕でない家庭の少女たちを金銭を提示して誘い込み、自らも性的虐待を行うとともに、知人の有力者たちにも少女を紹介していた疑いが捜査当局によって指摘されてきた。

最初の逮捕は2008年。このときはアメリカの司法取引制度を利用し、1件の罪を認めることで比較的軽い刑罰にとどまった。ただ、この取引に関与した検察関係者が後に政権の要職に就いたことから、捜査の適切性についての疑念が残ることとなった。

その後、2018年から2019年にかけて新たな被害者の証言が相次ぎ、改めて逮捕・起訴された。しかし2019年8月、エプスタインはニューヨーク市内の拘置所で死亡しているのが発見された。当局は自殺と断定しているが、多くの著名人の秘密を握っていたとされることから、他殺説や口封じ説も根強く残っている。

共犯者・ギレーヌ・マクスウェルの有罪判決

エプスタインの元交際相手であり長年の仲間とされるギレーヌ・マクスウェルは、2021年に逮捕された。裁判では、少女たちの勧誘・性的虐待への関与が認定され、児童への性的人身売買などの罪で有罪判決を受けた。現在、20年の懲役刑に服している。

マクスウェルはエプスタインのネットワーク全体において中心的な役割を果たしていたとされ、彼女の有罪判決は事件の実態を公的に証明した重要な司法判断となった。

文書公開に至るまでの経緯

エプスタインの死後、その捜査に関連する膨大な資料の公開を求める声が市民・議会の双方から高まった。捜査資料は本来非公開とされるものだが、政財界の著名人が多数関与しているのではないかとの疑念が、公開要求の背景にあった。

2025年11月、米連邦議会は司法省が保有するエプスタイン関連資料の全面公開を義務付ける法律を可決した。トランプ大統領は当初、この法案への署名に後ろ向きだったと報じられているが、与党・共和党内部からも成立を求める声が強まったため、最終的に署名した。

2025年12月頃から順次公開が始まり、2026年1月末には動画や写真を含む300万ページ以上の資料が一気に公開された。こうした膨大な捜査資料をまとめて「エプスタイン文書(エプスタインファイル)」と呼ぶ。 CBCラジオ

司法省が1月30日に公開した資料は、膨大なため、そのすべてを精査するには相当の時間がかかるとみられている。 CNNこれまでの公開分を合わせると、資料の総量は約350万ページに及ぶ。

公開資料に含まれる主な内容

公開された資料は、捜査書類・電子メール・写真・動画・ニュース記事・証言記録など多岐にわたる。以下に、報道等で確認されている具体的な内容を列挙する。

トランプ大統領に関する記述: ニューヨーク州の連邦検事が2020年1月に送った電子メールには、トランプ氏が1993〜96年にエプスタイン氏の自家用機に少なくとも8回搭乗していた記録があると書かれている。 Nikkeiまた、2025年8月のメールのやり取りで、FBI職員とみられる人物が、トランプ氏とエプスタイン氏に関する、一見すると根拠のない情報のリストを提示しているやり取りも含まれる。 CNN司法省はこれらの一部について「20年の大統領選直前にFBIに提出された虚偽かつ扇情的な主張が含まれている」と強調している。

イーロン・マスク氏に関する記述: 資料には、起業家のイーロン・マスク氏とエプスタイン氏の電子メールのやり取りが含まれている。2013年12月、マスク氏が年末年始の時期にカリブ海のエプスタイン氏所有の島を訪れる相談をしていた内容などがある。 Nikkeiマスク氏本人は、エプスタイン氏からの招待を断ったと主張している。 CNN

ハワード・ラトニック商務長官に関する記述: ラトニック氏はエプスタイン氏と2005年に会ったが「変なやつだと思った」として、それ以後は会っていないと説明してきた。ところが文書が公開されると、2005年以降もエプスタイン氏と会っていた記録が次々と判明。少なくとも2012年に島を訪れて一緒に食事をしていたことが明らかになり、ラトニック氏は虚偽だったことを認めた。 CBCラジオこれを受けて辞任を求める圧力が高まっている。

ビル・クリントン元大統領に関する記述: クリントン元大統領の名前や写真も資料に含まれており、エプスタインの島を複数回訪問していたとされる。2016年の裁判関係資料では、エプスタイン氏がクリントン氏との関係を質問される度に黙秘権を行使していた。 CNNなお、クリントン元大統領は今後議会で証言する見通しとも報じられている。

アンドルー英王子に関する記述: 英国のチャールズ国王の弟であるアンドルー元王子が2026年2月19日、英警察に逮捕された。2010〜11年に英国の貿易特使を務めていた際、エプスタイン氏に機密情報を漏らした疑いが持たれている。 Nikkei

このほか、米投資会社アポロ・グローバル・マネジメントのマーク・ローワンCEOやビル・ゲイツ氏との交流を示すとされる記録も浮上しており、世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)がエプスタインの人脈づくりの舞台になっていた可能性も指摘されている。 Nikkei

公開にあたっての制限と課題

司法省は全面公開にあたり、一定の黒塗り・削除処理を施している。被害者を特定できるような情報や、進行中の捜査に関わる内容は非公開とされた。エプスタイン氏の元交際相手であるマクスウェル以外の女性の写真や映像は削除や黒塗りにした一方、男性については削除していないという。 Nikkei

この対応について、被害者側からは批判も出ている。黒塗りの範囲が広すぎるとして、「裕福で有名な男性を守るためだけに機能している」と訴える被害者の声も報告されている。

また、公開された文書そのものの信頼性についても留意が必要だ。司法省は「一部の文書には偽造または虚偽に提出された画像・文書・動画が含まれている可能性がある」と注記している。文書に名前が登場したことが直ちに不正行為を意味するわけではなく、資料の読み解きには慎重な判断が求められる。

ゾロ牧場での新たな捜査

米西部ニューメキシコ州では、かつてエプスタイン氏が所有していた「ゾロ牧場」の捜査が進んでいる。当局は周辺に、性的な人身売買で連れてこられた女性の遺体が埋められている恐れがあるとみており、地元では1990年代初頭から性的虐待があるとの訴えがたびたびFBIに寄せられていたが、これまで本格的な捜査は実施されていなかった。 Nikkei

日本への影響

この問題は日本にとっても無関係ではない。ラトニック氏は日米貿易交渉で赤澤亮正経済産業大臣の交渉相手を務めている人物であり、交代すれば日本側にも影響が及ぶ可能性がある。 CBCラジオ

まとめ――現時点でわかること

エプスタイン文書の公開は、世界の政財界・王室にまたがる広範なスキャンダルとして国際社会に衝撃を与えている。ただし、いくつかの重要な点を整理しておく必要がある。

第一に、文書に名前が登場することと、犯罪行為への関与は別問題だ。エプスタインとのパーティーへの参加や連絡のやり取りが記録されていても、それが違法行為を意味するかどうかは別途の証拠や司法判断によって判定される。

第二に、公開文書の一部には虚偽情報が含まれる可能性があると司法省自身が認めており、全ての記述を無条件に信頼することはできない。

第三に、現時点でもなお多くの情報が黒塗りや非公開のまま残っており、事件の全容解明には時間がかかる見通しだ。

エプスタイン事件が改めて問いかけているのは、富と権力が司法の目を逃れ得る構造への根本的な問いだろう。350万ページを超える資料の精査は続いており、今後も新たな事実が明らかになる可能性がある。引き続き、信頼できる一次情報や報道機関の継続的な報道に注目することが求められる。


本記事は2026年2月時点の報道情報に基づいています。捜査は現在も進行中であり、今後内容が更新される場合があります。

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