スマートフォン、自動車、家電製品、医療機器——私たちの身の回りにあるほぼすべての電子機器の中に、「半導体」が入っています。近年はニュースでも頻繁に取り上げられるようになりましたが、「そもそも半導体って何?」という疑問を持つ方も多いはずです。
この記事では、半導体の基礎知識から、かつて世界をリードした日本の栄光と挫折、そして現在の世界の半導体産業の勢力図まで、幅広くわかりやすく解説します。
そもそも「半導体」とは何か?
電気を「通したり・通さなかったり」できる物質
物質は電気の通しやすさで大きく3つに分けられます。銅や鉄のように電気をよく通す「導体」、ゴムやガラスのように電気をほとんど通さない「絶縁体」、そしてその中間の性質を持つ「半導体」です。
半導体の代表的な素材はシリコン(ケイ素)です。シリコン自体は電気をあまり通しませんが、不純物を少量混ぜたり、電圧や光を加えたりすることで、電気の流れをコントロールできるようになります。「スイッチのように電気を切り替えられる」「信号を増幅できる」というこの性質が、現代の電子機器の基盤を支えています。
半導体の中に何が入っている?
半導体デバイスの代表例が「トランジスタ」です。指の爪よりはるかに小さいチップ(集積回路・IC)の中には、何十億個ものトランジスタが詰め込まれており、それが情報の計算・記憶・通信を担っています。スマートフォンの中には100億個を超えるトランジスタが集積されたチップが入っており、これが「電卓より小さい機器で、かつての大型コンピュータを超える処理ができる」理由です。
主な半導体の種類
半導体にはいくつかの種類があります。パソコンやスマートフォンの「頭脳」となるのがロジック半導体(CPU、GPU、SoCなど)です。データを一時的に保存するのがメモリ半導体(DRAMやNANDフラッシュ)で、電力を制御するのがパワー半導体(EVや太陽光発電に欠かせない)、カメラのセンサーとして使われるのがイメージセンサーです。用途に応じてさまざまな種類があるのも、半導体産業の奥深さといえます。
半導体産業の歴史
誕生:1947年のトランジスタ発明
半導体の歴史は1947年、アメリカのベル研究所でバーディーン、ブラッテン、ショックレーの3人がトランジスタを発明したことから始まります。それまで電子機器の心臓部だった「真空管」に比べ、トランジスタは圧倒的に小さく、発熱も少なく、耐久性も高い。この発明は電子工学に革命をもたらし、3人は1956年にノーベル物理学賞を受賞しています。
その後、1958〜1959年にキルビーとノイスが複数の素子を一枚の基板に集積した「集積回路(IC)」を開発。これがやがてLSI(大規模集積回路)、VLSI(超大規模集積回路)へと進化し、チップ一枚に詰め込める素子の数が飛躍的に増えていきました。「半導体の集積密度は18〜24ヶ月ごとに倍増する」というムーアの法則は、この時代の技術革新の速度を象徴する言葉として今も語り継がれています。
日本の黄金時代:1980年代の世界制覇
半導体産業の歴史を語るうえで、日本の輝かしい時代を外すことはできません。
1970年代後半、日本政府は「超LSI技術研究組合」という国家プロジェクトを主導し、官民一体で次世代半導体の研究開発を推進しました。この取り組みが実を結び、1980年代に入ると、日本の半導体メーカーはDRAM(メモリ半導体の一種)の分野で世界市場を席巻します。
NECや日立、富士通、東芝、三菱電機といった総合電機メーカーが大規模な設備投資と徹底した品質管理によって「高品質・低コスト」の製品を大量供給し、1980年代後半には世界のDRAM市場における日本企業のシェアは70%を超えました。半導体全体の売上でも日本勢が世界上位を占め、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称された時代の到来です。
転落:1990年代以降の急激な凋落
しかし、この成功は長くは続きませんでした。1986年に締結された「日米半導体協定」が大きな転換点となります。日本製DRAMの台頭に危機感を持ったアメリカ政府が外交圧力をかけ、日本企業の価格設定に制約を加え、日本市場での外国製半導体のシェアを20%以上に引き上げることを義務づけたのです。この協定は日本企業の価格競争力を大きく削ぎました。
さらに追い打ちをかけたのが韓国・台湾勢の台頭です。1990年代以降、サムスン電子やSKハイニックス(韓国)、TSMCやUMC(台湾)が急速に力をつけてきました。特に台湾のTSMC(台湾積体電路製造)は1987年創業ながら、半導体の設計と製造を分業する「ファウンドリー」というビジネスモデルを確立し、製造に特化することで圧倒的なコスト競争力と技術力を実現しました。
また、日本の総合電機メーカーは家電・重電・情報機器など多岐にわたる事業を抱えており、半導体に経営資源を集中投下できなかったことも競争力低下の一因とされています。技術革新の速度に対応した意思決定の遅れも指摘されました。かくして日本の半導体市場シェアは、1988年ごろのピーク時の約50%から2020年には約6%にまで縮小したのです。
今の日本の半導体産業——衰退と残存する強み
チップ製造では存在感を失ったが…
完成した半導体チップ(ロジック半導体やメモリ)の世界市場における日本のシェアは、かつての面影はありません。2025年の日本の半導体市場は世界シェアの約5〜6%にとどまり、しかも世界全体が成長する中で日本市場だけがマイナス成長という厳しい状況が続いています。
しかし「縁の下の力持ち」として世界を支えている
ところが、日本の半導体産業が「終わった」かというと、決してそうではありません。チップそのものではなく、チップを作るための「材料」と「製造装置」において、日本は今も世界をリードしています。
半導体の製造には、フォトレジスト(回路を焼き付ける際に使う感光材料)、シリコンウェーハ(チップの基板となる円盤)、特殊ガスなど、非常に精度の高い素材が必要です。これらの材料分野では、信越化学、JSR、住友化学、TOKYOエレクトロン(製造装置)などの日本企業が世界トップクラスのシェアを誇っています。半導体製造装置でも日本メーカーは一定の存在感を持ち、2026年度の日本製装置販売額は前年度比12%増の5兆5,000億円規模に達する見通しです。
また、イメージセンサー(カメラ用)ではソニーが世界シェアトップを維持し、パワー半導体(車載・産業用)やマイコンでも日本企業が一定の競争力を持っています。
「TSMC熊本」に象徴される反転攻勢
2024年、半導体産業の地図を塗り替える出来事が起きました。世界最大の半導体受託製造企業TSMCが、熊本県に工場(JASM)を建設・開所したのです。日本政府による多額の補助金支援を背景に、世界最先端の半導体製造の一部が日本に戻ってきた象徴的な出来事として注目を集めました。これを皮切りに関連外国企業の九州への投資も活発化しており、日本の半導体産業が再び活気を取り戻す可能性への期待が高まっています。
今の世界の半導体産業——AI時代の大競争
市場は急拡大、1兆ドル目前
現在、世界の半導体市場は空前のブームを迎えています。世界半導体貿易統計(WSTS)によれば、2025年の世界半導体市場規模は前年比22.5%増の7,722億ドルに達する見込みで、2026年にはさらに26.3%増の約9,755億ドルと、1兆ドル目前まで迫る勢いです。
この急成長の最大の原動力は「AI(人工知能)」です。ChatGPTに代表される生成AIの爆発的な普及により、AI処理に必要な高性能半導体(GPUやHBMと呼ばれる高帯域幅メモリ)の需要が急増しています。NVIDIAのGPUは「AI時代の石油」とも呼ばれ、同社の時価総額は世界トップクラスに躍り出ました。
米・台・韓が先端チップを支配
先端半導体の製造は、現在ほぼ台湾と韓国に集中しています。TSMCは世界の最先端ロジック半導体の製造シェアで圧倒的なトップを誇り、サムスンとSKハイニックスはメモリ分野で世界をリードしています。半導体の設計ではアメリカが強く、NVIDIAやApple、Qualcommといった企業が世界をリードする製品を開発しています。
2025年の世界の半導体生産能力シェア(200mmウェーハ換算)は中国24%、台湾・韓国がそれぞれ18%、日本は15%で世界4位となっています。
各国の「半導体自給率向上」競争
新型コロナ禍で顕在化した「半導体不足」により、自動車メーカーをはじめ多くの産業が生産停止を余儀なくされた苦い経験から、各国政府は半導体産業を国家安全保障の観点から位置づけるようになっています。アメリカは「CHIPS法」で自国内の半導体製造を大規模に支援し、欧州もEU半導体法を制定。日本も経済安全保障の観点から国内の半導体産業再興に本腰を入れ始めています。
また、中国は輸出規制の網を受けながらも、自力での半導体技術開発を加速させており、先端チップの製造で米国・台湾に追いつこうとする動きが続いています。地政学リスクと絡み合う形で、半導体産業はまさに21世紀の「資源争奪戦」の場となっているのです。
まとめ
半導体は単なる工業製品ではなく、現代社会のインフラそのものです。スマートフォンが動き、AIが計算し、電気自動車が走るすべての場面に、半導体の存在があります。
かつて世界をリードした日本の半導体産業は、政治的・市場的な変化の波に翻弄されて縮小しましたが、材料・製造装置・イメージセンサーなどの分野では今も世界に欠かせない存在であり続けています。そしてTSMCの熊本進出に象徴されるように、AI時代の需要爆発を追い風に、再び半導体産業での存在感を高めようとしています。
AI、EV、5G、そしてその先の6G時代に向けて、半導体の重要性はさらに高まっていきます。この小さなチップをめぐる世界の動向から、引き続き目が離せません。
