はじめに:「75.8」という数字が意味するもの
2024年、日本の男女賃金格差は過去最小を記録した。男性の賃金を100とした場合、女性は75.8——一見すると改善の兆しが見えるこの数字だが、実は深刻な問題を孕んでいる。
女性が1年間働いて得られる賃金は、男性の約4分の3。言い換えれば、男性が12月31日まで働いて得られる賃金を、女性は10月下旬までの労働で終わらせなければならないという計算になる。これが2024年の日本の現実だ。
しかも、日本の男女賃金格差はOECD平均の約2倍。先進国の中でも突出して大きい。なぜこれほどまでに格差が残り続けるのか。そして、世界の国々はどのようにこの問題に取り組んでいるのか。今回は、海外の先進事例を交えながら、男女賃金格差という根深い問題について考えてみたい。
日本の現状:縮小はしているが、道のりは遠い
数字で見る男女賃金格差
厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によれば、2024年の一般労働者(フルタイム労働者)の月額賃金は、男性が36万3,100円、女性が27万5,300円だった。男性を100とした場合の女性の指数は75.8で、過去最高を記録した。
長期的に見れば確かに格差は縮小している。1976年以降で最も格差が小さくなったのは事実だ。しかし、ここで冷静に考えてみたい。50年近くかけて、ようやく「男性の4分の3」にたどり着いたに過ぎないのである。
年齢とともに広がる格差
さらに深刻なのは、年齢が上がるにつれて格差が拡大していく傾向だ。20代前半では男女の賃金差はほとんどない。大卒の20〜24歳では、男性が25万1,500円に対し、女性は25万200円とほぼ同水準。専門学校卒に至っては、女性(23万4,000円)が男性(22万6,300円)を上回っている。
しかし、30代、40代と年齢が上がるにつれ、格差は徐々に拡大していく。女性の賃金がピークを迎えるのは45〜49歳で29万8,000円。一方、男性のピークは55〜59歳で44万4,100円。約15万円もの差が生じているのだ。
この「年齢とともに広がる格差」こそが、日本の男女賃金格差問題の本質を物語っている。
国際比較:OECDの中でワースト上位
経済協力開発機構(OECD)のデータによれば、2022年の日本の男女賃金格差は21.3%。OECD平均の11.9%の約2倍という水準だ。米国(17%)、英国(14.5%)と比較しても高く、北欧諸国では10%を下回る国も多い中、日本の格差は際立って大きい。
さらに、世界経済フォーラムが発表する「ジェンダーギャップ指数」では、2023年の日本の順位は146カ国中125位。主要先進国(G7)の中で最下位という不名誉な結果となった。特に経済分野の順位は123位、政治分野は138位と低迷している。
なぜ日本の格差は大きいのか:構造的要因を探る
要因①:非正規雇用の男女差
日本の男女賃金格差の最大の要因は、女性の非正規労働者の割合が圧倒的に高いことだ。2023年における女性の非正規労働者の割合は53.2%で、男性の22.6%の2倍以上。正社員と非正規社員の賃金差は約50%に達するため、この雇用形態の違いが直接的に賃金格差につながっている。
特に女性が結婚と出産を迎える30代以降、男性と女性の非正規労働者の割合に差が発生し、賃金格差が一気に広がっていく。出産・育児を機に正社員の座を離れ、パートタイムや派遣社員として復帰する女性が多いことが、この構造を生み出している。
要因②:「マザーフッド・ペナルティ」の存在
「Child Penalty(チャイルド・ペナルティ)」という言葉がある。子供を持つことによって所得が低下する現象のことだ。特に女性の所得減少は「Motherhood Penalty(マザーフッド・ペナルティ)」と呼ばれ、日本でも明確に観察されている。
なぜマザーフッド・ペナルティが発生するのか。理由の一つは、長時間労働や休日出勤等が要求される職場において、育児と両立しながら同じパフォーマンスを発揮するのが困難だからだ。育児休業制度があっても、大卒女性の出産をはさんだ就業継続率は依然として低く、一度離職した女性がフルタイム職に復帰するのは極めて難しい。
要因③:管理職比率の圧倒的な低さ
内閣府によれば、2023年の日本における管理職に占める女性の割合は14.6%。米国(42.6%)、英国(36.8%)、ドイツ(29.2%)など欧米諸国が軒並み30%を超える中、日本は隣国の韓国(16.3%)よりも低い水準にとどまっている。
役員クラスで見ると、さらに深刻だ。OECDの2022年のデータでは、日本の女性役員比率は15.5%。フランス(45.2%)やドイツ(37.2%)と比べて著しく低く、OECD平均の29.6%の半分程度しかない。
要因④:「性別役割分担意識」という見えない壁
「男は仕事・女は家庭」「男性は主要な業務・女性は補助的業務」——こうした固定観念が、日本社会には今なお根強く残っている。男女共同参画社会基本法では、この「性別役割分担意識」が男女格差を生む大きな要因であると指摘している。
さらに問題なのは、「統計的差別」の存在だ。これは差別を行う意図がなくても、「女性の○割は出産を機に仕事を辞める」といった統計データに基づいた合理的判断から、結果的に生じる差別を指す。企業側が女性の退職を織り込んで採用・配置を行うことで、キャリア形成の機会に男女差が生まれ、それが賃金格差につながるという悪循環が生じている。
世界の先進事例①:アイスランドの「罰金付き認証制度」
ジェンダーギャップ指数15年連続1位の秘密
ジェンダー平等の優等生として知られるアイスランド。世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ指数」で15年連続1位を獲得している北欧の小国は、どのようにして男女賃金格差の解消に成功したのか。
その答えは、2018年1月に施行された「同一賃金証明法」にある。この法律は、世界で初めて男女間の賃金格差を違法とし、企業に同一労働同一賃金の証明を義務付けたものだ。
25人以上の全企業が対象
同一賃金証明法の最大の特徴は、その対象範囲の広さだ。従業員25人以上の全ての企業と組織に対し、男女同一賃金を実現していることを示す認証の取得を義務付けた。日本で2022年に義務化された賃金格差の開示が「従業員301人以上の企業」であることと比べると、その徹底ぶりが分かる。
しかも、日本は「開示」だけが義務化されているのに対し、アイスランドは「格差の解消」までが要求される。単に数字を公表するだけでは済まないのだ。
違反企業には1日500ドルの罰金
認証を取得できない企業、つまり男女間の賃金格差が存在する企業には、1日当たり最大500アイスランド・クローナ(約55,000円)の罰金が科せられる。格差を是正するまで、毎日罰金が積み上がっていく仕組みだ。
認証は3年に1度見直され、第三者機関による厳格な審査が行われる。同一労働について仕事を細かく定義しているため、恣意的な評価が入りにくく、日本のように働き方を理由に大きな給与格差がつくことはない。認証を取得した企業には、政府の男女共同参画推進室のホームページにリストアップされ、「男女同一賃金シンボル」を使用する権利が付与される。
実効性を支える市民の力
アイスランドの同一賃金証明法が生まれた背景には、繰り返されてきたフェミニズム運動がある。1975年、男女格差に抗議して、女性人口の約90%が仕事や家事を放棄してストライキを起こした。「女性の休日」と呼ばれるこの運動は、1985年、2005年、2010年、2016年にも続いた。
こうした市民の継続的な抗議活動、選挙での投票先を変えるという行動、「任意ではだめだ、義務化しなければ」という強い意識が国会に届いた結果、同一賃金証明法が実現したのである。
成果:95%近くまで格差解消
2018年の法施行前、アイスランドの男女賃金格差は約15%(女性の給与は男性の85%程度)だったが、現在では95%近くまで格差が解消されたという。わずか数年で劇的な改善を実現した背景には、「罰則を伴う強制力」と「市民の強い意志」があった。
世界の先進事例②:北欧諸国の育児休暇制度
アイスランドの「男性育休義務化」
アイスランドのもう一つの特徴は、父親の育児休暇取得率が8割を超えていることだ。父親と母親、それぞれに6カ月の育児休暇が認められており、加えて6週間の共有育児休暇も取得できる。
2000年に育児休暇法が改正され、父親にも最低3ヶ月間の育児休暇取得が義務付けられてから、「男女平等が肌で感じられるようになった」と長年ジェンダー問題に関わってきた女性運動家は語る。育児が「女性だけの仕事」でなくなることで、職場での男女の立場も対等になっていったのだ。
グズニ・ヨハネソン大統領自身も5回の育児休暇を取得しており、育児休暇取得が当たり前という社会的な気風が、男女平等な家庭環境の形成に大きく貢献している。
北欧全体に広がる「父親育休」文化
アイスランドだけでなく、北欧諸国全体で父親の育児休暇取得が進んでいる。スウェーデンでは「パパ・クオータ」制度により、父親専用の育児休暇期間が設けられており、これを取得しないと世帯全体の育休期間が短くなる仕組みになっている。
ノルウェーでも同様の制度があり、父親の育休取得率は9割を超える。こうした制度設計により、「育児は両親の責任」という意識が社会に定着し、女性のキャリア継続を支える土台となっている。
世界の先進事例③:その他の国々の取り組み
ドイツ:クォータ制による女性役員比率の向上
ドイツでは2016年から、上場企業の監査役会において女性比率30%以上を義務付ける「クォータ制」を導入した。その結果、女性役員比率は37.2%まで上昇し、意思決定の場における男女平等が大きく前進した。
イギリス:賃金格差報告の義務化
イギリスでは2017年から、従業員250人以上の企業に対し、男女間の賃金格差を毎年公表することを義務付けた。データの透明化により、企業の取り組みが可視化され、社会的圧力が格差是正を後押ししている。
フランス:男女平等インデックス
フランスは2019年から「男女平等インデックス」を導入。企業規模に応じて、賃金格差、昇進・昇給の機会、育休後の昇給、女性管理職比率などを点数化し、75点未満の企業には是正措置を義務付け、改善しない場合は罰金を科す仕組みだ。
日本が今後取るべき道
①制度の実効性を高める
2022年から常時雇用労働者301人以上の企業に男女間賃金格差の開示が義務化されたが、これはあくまで「開示」に過ぎない。アイスランドのように、格差の「解消」まで義務付け、実効性のある罰則規定を設けることが必要だ。
また、対象企業の範囲も拡大すべきだろう。アイスランドは従業員25人以上、イギリスは250人以上が対象であることを考えると、日本の301人以上という基準は不十分である。
②男性の育児参加を当たり前に
2022年10月から「産後パパ育休」が新設されたが、男性の育休取得率は依然として低い。北欧のように、父親専用の育休期間を設け、取得しないと世帯全体の育休期間が短くなるような制度設計が求められる。
育児が「女性だけの仕事」である限り、マザーフッド・ペナルティはなくならない。男性が当たり前に育休を取得し、育児に参加する社会を実現することが、男女賃金格差解消の鍵となる。
③「性別役割分担意識」という壁を壊す
根本的には、社会全体の意識改革が不可欠だ。「男は仕事・女は家庭」という固定観念、統計的差別、無意識のバイアス——こうした見えない壁を一つずつ取り除いていく必要がある。
教育の場での取り組み、メディアにおける描かれ方の見直し、企業における研修の実施など、多角的なアプローチが求められる。
④女性管理職比率の目標設定と実現
日本政府は「2020年代の可能な限り早期に、指導的地位に占める女性の割合を30%程度」という目標を掲げているが、達成は遠い。クォータ制の導入も含め、より強制力のある施策を検討すべきだろう。
女性管理職が増えれば、意思決定の場に多様な視点が加わり、働き方改革や育児支援制度の充実にもつながる。好循環を生み出すためには、まず管理職層の男女比を是正することが重要だ。
おわりに:「75.8」から「100」へ
2024年、日本の男女賃金格差は過去最小の「75.8」を記録した。しかし、これを手放しで喜ぶわけにはいかない。なぜなら、目指すべきゴールは「100」——完全な男女同一賃金だからだ。
アイスランドの事例が示すように、強い政治的意志と実効性のある制度設計、そして市民の継続的な声があれば、わずか数年で劇的な改善を実現できる。日本も、「仕方ない」「時間がかかる」と諦めるのではなく、本気で格差解消に取り組むべき時が来ている。
男女賃金格差の解消は、女性だけの問題ではない。社会全体の生産性向上、経済の活性化、そして誰もが自分らしく働ける社会の実現につながる。「75.8」から「100」への道のりは決して平坦ではないが、一歩ずつ前に進んでいかなければならない。
その第一歩は、私たち一人ひとりが「これでいいのか」と問い続けることから始まる。
