「昔は税金が高かった」は本当か?

制度

──1970年から2025年、国民負担の55年史を徹底検証

「昔は所得税が70%もあった」「高度成長期は重税だった」──こうした言説を耳にしたことはないだろうか。確かに、かつての最高税率は現在よりも高かった。しかし、それは国民全体の話なのだろうか。

本稿では、1970年から2025年までの55年間にわたり、所得階層別に税金と社会保険料の負担がどう変化してきたかを、具体的なデータをもとに検証する。

1. 結論:「昔は重税」は高所得者だけの話

最初に結論を述べる。「昔は税金が高かった」という認識は、年収1,000万円以上の高所得者に限った話である。平均的な勤労者にとって、1970年から2025年までの間に、税・社会保険料の負担率は約3倍に増加している。

具体的な数字を見てみよう。

所得階層別・負担率の変化(1970年→2025年)

所得階層1970年2025年変化倍率
低所得層(年収250万円相当)3.3%16.6%+13.3pt5.0倍
平均所得層(年収500万円相当)7.3%23.6%+16.3pt3.2倍
高所得層(年収1,500万円相当)28.3%46.6%+18.3pt1.6倍

※夫婦+子供2人の4人世帯、片働きを想定。社会保険料+所得税+住民税+消費税相当額の合計。

低所得層(貧困線付近)の負担率は3.3%から16.6%へと5倍に増加。平均的なサラリーマン層も7.3%から23.6%へと3倍以上に増えている。

一方、高所得層(年収1,500万円)は28.3%から46.6%への増加に留まり、しかも1985年のピーク時(61.2%)からは大幅に軽減されている。

2. 何が負担を増やしたのか──3つの要因

2-1. 社会保険料の急増

最も大きな要因は社会保険料の増加である。

厚生年金保険料率は1970年の6.2%(労使折半で本人3.1%)から、2017年には18.3%(本人9.15%)へと約3倍に上昇。健康保険料も同様に増加し、さらに2000年には介護保険が新設された。

社会保険料率の変遷(本人負担分)

項目1970年2025年変化
厚生年金3.1%9.15%約3倍
健康保険約3.5%約5.0%約1.4倍
介護保険なし約0.9%新設
雇用保険約0.5%約0.6%微増
合計約7.1%約15.7%約2.2倍

社会保険料の特徴は「逆進性」である。所得に比例して負担額は増えるが、標準報酬月額に上限があるため、高所得者ほど負担率は相対的に低くなる。

2-2. 消費税の導入と増税

1989年の消費税導入(3%)、1997年の5%への引き上げ、2014年の8%、2019年の10%と、段階的に税率は上昇してきた。

消費税は所得に関係なく課税されるため、収入のほとんどを消費に回す低所得層ほど、実質的な負担率が高くなる

消費税が年収に占める割合を試算すると:

  • 低所得層:約7〜8%
  • 平均所得層:約6%
  • 高所得層:約4%程度

つまり、消費税10%の導入により、低所得層は実質的に年収の約8%相当の新たな負担を強いられたことになる。

2-3. 所得税のフラット化

一方、所得税は累進性が緩和されてきた。

所得税最高税率の推移

所得税最高税率住民税合計
1974年75%18%93%
1984年70%18%88%
1989年50%15%65%
1999年37%13%50%
2015年〜45%10%55%

1974年には最高税率75%(住民税含めて93%)だったものが、段階的に引き下げられ、現在は45%(住民税含めて55%)となっている。

この税率引き下げの恩恵を受けたのは、主に年収1,000万円以上の高所得者である。平均的なサラリーマンの適用税率はほとんど変わっていない。

3. 物価との比較──生活実感としての負担

税負担を論じる際には、物価の変動も考慮する必要がある。1970年と2025年では、モノの値段は大きく異なる。

代表的な品目の価格推移

品目1970年頃2025年頃倍率
米(10kg)約1,880円約4,500円約2.4倍
ラーメン(外食)約120円約900円約7.5倍
映画観覧料約350円約1,900円約5.4倍
大卒初任給(月額)約39,000円約240,000円約6.2倍
山手線初乗り30円150円5.0倍

大卒初任給は約6倍になっているが、これは物価上昇とほぼ連動している。一方で、映画料金やラーメンなどサービス価格の上昇幅は賃金上昇を上回っている。

重要なのは、物価上昇率(約3〜4倍)に対して、税・社会保険料の負担率が3〜5倍に増加している点である。つまり、賃金が物価に追いついたとしても、手取り収入の購買力は相対的に低下しているのだ。

4. モデルケース別・実質手取りの変化

ここで、具体的なモデルケースを設定し、1970年から2025年までの「実質手取り」の変化を検証する。いずれも夫婦と子供2人の4人世帯、片働きを想定している。

所得階層別・実質手取りの推移(2020年物価換算)

階層名目年収負担率名目手取り実質手取り
低所得層1970年44万円3.3%43万円136万円
2000年211万円15.7%178万円183万円
2025年250万円16.6%208万円189万円
平均所得層1970年88万円7.3%82万円258万円
2000年461万円22.7%357万円366万円
2025年500万円23.6%382万円347万円
高所得層1970年264万円28.3%189万円596万円
2000年1,383万円34.0%913万円940万円
2025年1,500万円46.6%801万円728万円

2020年の物価水準に換算した「実質手取り」を見ると:

  • 低所得層:1970年の136万円から2025年の189万円へと微増に留まる。名目収入は5.7倍になっているにもかかわらずだ。
  • 平均所得層:2000年をピークに実質手取りは伸び悩んでいる。
  • 高所得層:2000年のピーク(940万円)から2025年は728万円へと大幅に減少。

バブル崩壊後の賃金停滞が全階層に影響を与えている。

5. 国民負担率の国際比較

日本の国民負担率(租税負担率+社会保障負担率)は、2023年度で約46.8%となっている。これを諸外国と比較してみよう。

主要国の国民負担率(2019年)

国民負担率特徴
フランス67.1%高福祉・高負担
スウェーデン56.4%高福祉・高負担
ドイツ54.9%社会保険中心
イギリス46.5%税中心・NHS
日本46.8%(2023年)社会保険中心
アメリカ32.4%低負担・自己責任

日本の国民負担率は、北欧諸国やフランスよりは低いが、アメリカよりは高い。

ただし、北欧諸国では医療・教育・福祉が充実しており、国民が受ける「見返り」も大きい。日本は負担率が上昇する一方で、社会保障の給付は相対的に抑制されてきた面がある。

6. なぜ「昔は重税」という認識が広まったのか

「昔は税金が高かった」という認識が広まった背景には、いくつかの要因がある。

  1. 最高税率の印象:1970年代の所得税最高税率75%という数字は確かにインパクトがある。しかし、この税率が適用されたのはごく一部の高所得者だけだった。
  2. 社会保険料の「見えにくさ」:社会保険料は給与から天引きされるため、税金ほど意識されにくい。しかし、実質的な負担としては税金と同様である。
  3. 消費税の「薄く広く」:消費税は購買のたびに少額ずつ負担するため、年間の総額が意識されにくい。年収500万円の世帯が年間30万円以上の消費税を払っていることは、あまり認識されていない。
  4. 「減税」報道の偏り:所得税率の引き下げは「減税」として大きく報道されるが、社会保険料の引き上げは「制度維持のため」として淡々と伝えられる傾向がある。

7. 今後の展望と課題

少子高齢化が進む日本では、社会保障費の増大は避けられない。厚生労働省の推計では、2040年度の社会保障給付費は約190兆円に達する見込みである(2023年度は約134兆円)。

この費用をどう賄うかは、今後の大きな政策課題である。選択肢としては:

  1. 保険料のさらなる引き上げ
  2. 消費税率の引き上げ
  3. 所得税の累進強化
  4. 給付の抑制

などが考えられる。

本稿のデータが示すように、過去55年間の負担増は主に中低所得層が担ってきた。今後の制度設計においては、この事実を踏まえた「負担の公平性」についての議論が求められる。

おわりに

「昔は税金が高かった」という言説は、一面の真実を含みながらも、全体像としては誤解を招きやすい。高所得者の所得税負担は確かに軽減されたが、大多数の国民にとって、税と社会保険料を合わせた総負担は大幅に増加している

特に注目すべきは、この負担増が「社会保険料」と「消費税」という、累進性の低い(あるいは逆進的な)手段によって実現されてきた点である。所得再分配機能の観点からは、税制のあり方について再考の余地があるだろう。

本稿が、税と社会保険料の負担について考える際の一助となれば幸いである。

参考資料

  • 財務省「国民負担率の推移」
  • 厚生労働省「厚生年金保険料率の変遷」
  • 国税庁「所得税の税率の推移」
  • 総務省統計局「小売物価統計調査」
  • 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」
  • OECD「Revenue Statistics」
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