教員採用試験、過去最低倍率2.9倍の衝撃―海外と比較して見えてくる日本の教育危機

時事

2024年度に実施された公立学校の教員採用試験の倍率が2.9倍と、調査開始以来初めて3倍を割り込み過去最低を更新しました。受験者数は12年連続で減少し、10万9,123人と過去最少。「国家の強さは教育の充実にかかっている」という言葉がありますが、日本の教育現場は深刻な人材不足に直面しています。一方、海外では教員という職業が高い社会的地位と待遇を保っている国もあります。日本と海外の教員採用の現状を比較し、何が問題なのかを考えます。

日本の教員採用の現状:深刻化する人材不足

過去最低の倍率、12年連続の受験者減

文部科学省の調査によると、2024年度実施の教員採用試験の結果は以下の通りです。

  • 全体倍率:2.9倍(前年度3.2倍)
  • 小学校:2.0倍(前年度2.2倍)
  • 中学校:3.6倍(前年度4.0倍)
  • 高校:3.8倍(前年度4.4倍)

いずれも過去最低を記録しました。受験者数は前年度から7,059人減少して10万9,123人、一方で採用者数は954人増えて3万7,375人となりました。

試験を実施した68自治体のうち、47自治体で倍率が低下。自治体間の格差も大きく、最も高い沖縄県が6.93倍なのに対し、最も低い新潟県は1.51倍です。

なぜ教員を目指さないのか

受験者減少の背景には、以下の要因があります。

1. 労働環境の過酷さ 日本の教員の労働時間は世界最長レベルです。授業だけでなく、部活動指導、給食指導、事務作業、保護者対応など、業務は多岐にわたります。OECDの調査では、日本の教員は課外活動に週約8時間を費やしており、これは北欧諸国(最大1時間)の約8倍です。

2. 民間企業との競争 大量退職に伴う採用者数の増加で、民間企業の採用早期化と重なり、優秀な学生が民間企業に流れています。

3. 精神疾患による休職者の増加 2024年度の調査では、精神疾患で休職した教員が7,000人を超え、そのうち2割が退職しています。過重労働と精神的ストレスが教職の魅力を低下させています。

4. 待遇への不満 仕事量と収入が比例していないという不満も根強くあります。

海外の教員採用:高倍率と高待遇の国々

フィンランド:10倍の超難関、週32時間労働

教員養成の厳しさ フィンランドでは、教員養成プログラムへの参加自体が名誉なことです。申し込んだ学生のうち参加できるのは10人に1人。ほとんどのレベルの教員に修士号の取得が求められ、教育学トレーニングの受講も必須です。

労働環境の良さ OECDの調査によると、フィンランドの教員の平均週労働時間は32時間で、調査参加国の中で最短でした(平均は38時間)。管理業務、同僚とのコミュニケーション、生徒のカウンセリングに費やす時間が少なく、課外活動は週最大1時間です。

高い待遇と社会的地位 フィンランドでは、教員と高等教育を修了した労働者の収入がほぼ同等で、同程度の資格を持つ他の専門家と同等またはそれ以上の報酬を得ています。

「教職が社会的に評価されているか」という質問に対し、フィンランドの教員の約60%が「そう思う」と回答(平均は30%、日本は35%)。教員は国内で人気の職業であり、訓練を受けた教師の約9割が定年まで教職を続けます。

自律性と裁量の広さ フィンランドには「ナショナルコアカリキュラム」がありますが、日本の学習指導要領よりはるかに薄く、各自治体や教員に広い裁量が与えられています。教員は「自立した専門家」と位置づけられ、ICT教育の導入も早く、事務作業の効率化が進んでいます。

シンガポール:トップ層が教員に、民間と競争できる給与水準

厳選された教員 シンガポールでは、教員は全員、国立教育学院(NIE)でトレーニングを受け、トップ層の卒業生が教員に選ばれます。教員養成期間中、学生は教育省に雇用され、給料が支払われ、授業料の大部分が補助金でまかなわれます。

民間と競争できる給与 シンガポール教育省は「教員の給与体系を民間企業と競争できる水準に維持する」ことを明言しています。2022年には給与引き上げを実施し、教員の初任給は月2,810シンガポールドル(約28万7,000円)から3,650ドル(約37万3,000円)に引き上げられました。

加えて、定額賞与(年1ヶ月分)、変額賞与(経済状況に応じて変動、例年約2ヶ月分)、特別賞与、業績賞与など、手厚い賞与制度があります。

継続的な専門能力開発 シンガポールの教員は専門能力の開発に毎年100時間以上を費やしています。OECDの教育担当ディレクターは「教師の訓練に莫大な投資が行われている」と指摘します。

日本との決定的な違い

1. 社会的地位と尊敬

フィンランドやシンガポールでは、教員は社会から高く評価され、尊敬される職業です。優秀な学生が教員を目指し、高倍率の競争を勝ち抜く構造になっています。

一方、日本では教職の社会的評価は中程度で、「ブラック職業」というイメージすら定着しつつあります。

2. 労働時間と業務範囲

フィンランドの週32時間に対し、日本の教員は週38時間以上働いています。しかも、日本では部活動指導(週約8時間)、給食指導、清掃指導など、授業以外の業務が膨大です。

海外では、課外活動は教員の任務から外されているか、最小限に抑えられています。

3. 待遇と給与体系

シンガポールでは、民間企業と競争できる給与水準を維持するため、経済状況に応じて給与を調整します。フィンランドでは、教員の給与が他の高等教育修了者と同等です。

日本では、仕事量と収入が比例していないという不満が根強く、「教員調整額」(基本給の4%)が実態に合っていないという指摘もあります。

4. 教員養成の質

フィンランドでは修士号が必須で、10倍の競争を勝ち抜いた者だけが教員になれます。シンガポールではトップ層の卒業生が選ばれます。

日本では、一般大学卒が採用者の66.0%を占め、教員養成大学・学部卒は24.5%に過ぎません。教員養成の専門性が相対的に低下しています。

日本が取り組むべき対策

1. 業務の削減と専門職の配置

給食指導、清掃指導、部活動指導を教員の任務から外し、専門職を配置すべきです。フィンランドではスクールナースやカウンセラーが配置され、教員は授業に集中できます。

2. 少人数学級の推進

少人数学級により、一人ひとりの生徒に向き合う時間が確保され、教員の負担も軽減されます。

3. 給与体系の見直し

民間企業と競争できる給与水準への引き上げ、業績に応じた賞与制度の導入など、待遇改善が不可欠です。

4. ICT活用による業務効率化

事務作業のデジタル化、情報共有システムの整備により、教員の業務負担を軽減できます。

5. 教員の社会的地位の向上

教員が「尊敬される専門職」として社会から評価される文化を醸成する必要があります。そのためには、まず労働環境の改善が前提です。

6. 採用試験の共同実施

2027年度から、約50の自治体が1次試験の共同実施を目指しています。これにより、受験者の負担が軽減され、複数自治体への併願が可能になります。

まとめ:教育の充実なくして国家の繁栄なし

教員採用試験の倍率2.9倍という数字は、日本の教育現場が危機的状況にあることを示しています。一方、フィンランドやシンガポールでは、高倍率の競争を勝ち抜いた優秀な人材が教員となり、高い待遇と社会的尊敬のもとで働いています。

両国に共通するのは、「教員は専門職であり、それに見合った待遇と労働環境を提供する」という明確な方針です。教員に投資することが、結果として国家の教育力を高め、将来の競争力を生むという認識が浸透しています。

日本も、教員の業務削減、待遇改善、社会的地位の向上に本腰を入れなければ、優秀な人材が教職を避け、教育の質が低下する悪循環に陥ります。「国家の強さは教育の充実にかかっている」という言葉を真剣に受け止め、抜本的な改革が求められています。

教員採用試験の倍率低下は、単なる数字の問題ではありません。これは、日本の未来を担う子どもたちへの教育の質に直結する、国家的課題なのです。

タイトルとURLをコピーしました